【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「別に。少し考え事してただけだ」

短くそう言って、ミナトは三人から顔を逸らした。
元から顰められていた眉が、更に顰められている。

決してよろしくは無い彼の機嫌を感じ取り、カヤはそれ以上の追求は出来ないだろうと悟った。

そのため慌てて話題を変えようとした、のだが。


「……きっと、あんな眼を向けられたのがカヤ様だったからですよ」

「……成る程ね、納得だわ」

こそこそと耳打ちを始めたヤガミとユタに、ミナトが口元を引き攣らせた。

「……おい、聞こえてんだよコラ」

「あ、聞こえました?」

「お前等わざとやってんだろ!」

「いえいえ、そんな!滅相も無い!」

「顔が笑ってんだよ、ヤガミ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人の声が医務室に響いた時、

「なんだい、混んでるねぇ」

驚いたような声と共に、恰幅の良い女性が部屋に入ってきた。


「あ、クシニナさん!」

「おお、カヤ。元気かい?」

「はい!」

クシニナは足早に壁の棚に近づくと、何やら壺をゴソゴソと漁り始めた。

彼女は台所の仕切り役と医務官を兼任する人物なのだ。

とは言え、普段は台所でしか見ないクシニナが、こうして医務室に居るのは不思議な光景だった。



膳との一件後も、クシニナは今までと変わらずカヤに接してくれていた。

それはきっと、クシニナに面と向かって謝罪をされた時に『どうか今まで通りに』とカヤがお願いしたからだろう。

数少ない屋敷での知り合いと気まずくなってしまうのが嫌だったカヤにとって、そんなクシニナの態度はとても有り難かった。



「ユタ。シゲガクレ草の軟膏切れそうだから煎じといてくれるかい?」

何やら茶色い瓶を覗き込みながら、クシニナがユタに声を掛けた。

「分かりました。あ、そう言えばミヤケ花が切れそうなのですが、どうしましょうか?」

「ああ、うーん……あれ副作用強いんだよねえ……次はアキシグレを試してみよう。取り寄せといて」

聴いたことの無い単語が、ユタとクシニナの間を飛び交っていく。

二人の仕事の邪魔をしては行けない、とカヤが立ち上がりかけた時だった。

「あ、ねえカヤ」

クシニナに呼び止められた。

「はい?」

「カヤに聴けば良いのか分かんないんだけどさ」

そう前置きをして、クシニナは口を開いた。

「秋の祭事が中止になるかもしれないって、本当なのかい?」

「え!?」と驚きの声を上げたのは、ユタだった。


「……へ?何のことですか?」

半ば呆けながら言うしか無かった。
そんな話、欠片も聞いていない。

「いや、さっきタケル様と偶然会ってね。準備の段取りを相談しようとしたら、そんな感じの事を言ってたからさあ」

タケル様が?まさか。

だって今朝会った時だって、そのような様子は微塵も見せなかったのに。

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