【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「頼むから帰ってくれっ……」

「嫌だよ、嫌だ……!」

翠を覆いきれないのがもどかしくて、何度も何度も布を掻き抱く。

「今の翠を一人になんて出来ない!」

顔を埋めている翠の衣に、じわりと涙が滲んでいった。

そのまま翠の皮膚にまで届いて、濡らしてしまえば良い、と思った。

私の一部に触れて、思い知れば良い。

「今夜は、ずっと一緒に居るっ……!」

――――ただ、愛おしいと。
それだけに狂いながら、息をする私を。





「……意味分かって言ってるのか」

ふ、と翠の身体から強張りが解かれたのを感じた。

「え……」

顔を上げかけた瞬間―――ふわり、と身体が浮き上がった。

「ちょ、す、すいっ……!」

カヤを横抱きにした翠は、驚くカヤを尻目に悠然と部屋を闊歩する。

翠が向かったのは、部屋の隅にある彼の寝所だった。

普段は木の衝立に隠されており、カヤでさえ滅多な事が無ければ立ち入らない。

最後に入ったのは、以前翠が体調を崩した時に看病して以来だ。


「っわ、ぷ」

ぼふっ、とそのまま寝台に落とされた。

柔らかな夜具が受け止めてくれたため痛くは無かったものの、そういう問題では無い。

彼の寝台にただの世話役が上がりこむなんて―――これがどれだけ無礼極まり無い事か、翠も分かっているだろうに。

「ちょっと、翠……!」

反射的に上半身を起こしかけたカヤは、ぞっとした。

ぎしっ、と木枠が軋む音。腹に掛かる重み。
カヤに跨るようにして、翠が乗り上げてきたのだ。

「す、い……?」

言葉を失っていると、翠の腕がゆるりと持ち上がり、カヤの肩を後ろに押した。

別段強い力でもなかった。

それなのに、何か抗えない力によって、カヤの身体は呆気なく仰向けにされた。


「今夜はずっと一緒に居る、か……安易に言ってくれるよな」

カヤを見下ろしながら、翠は淡々と言葉を吐く。
見慣れた双眸に、今は感情が宿っていなかった。

「……安易に言ったつもりは無いよ」

そう反論するが、ほんの目の前に居るはずの翠に全く届く気がしなかった。


「今の俺がどんな状態か、分かってるだろ」

カヤの耳のすぐ横に左手を付き、翠はゆっくりと上半身を傾けてきた。

さらり、と顔の真横に絹のような黒髪が垂れてきて、柔く閉じ込められてしまう。

「こんな馬鹿みたいに揺らいでる男と一緒に居て、何も無いと本気で思ってるのか?」

その言葉の意味が分からないほど、幼くは無かった。

誰も立ち入らない屋敷の奥の一室で、こんな夜に、寝台の上に二人の男女。

しかも女の方は組み伏せられている。

こんな状況ではあるが、それでもカヤは危ういとは思えなかった。

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