【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「だって翠だから」

きっぱりと言い切れば、はっ、と翠が短い嗤いを漏らした。

「俺は何もしないって、そう思ってるってわけか。俺が神官だから。純潔でないと駄目だから」

片方だけ上がる唇から、冷ややかな皮肉が吐き落とされる。

「違う、違うよ……」

一つ。二つ。
驚くほど熱い雫が、眼尻から押し出されてきた。悲しかったのだ。

「貴方は、そんな無責任な事をするような人じゃない」

全て分かり切っているだろうに、わざとそんな事を口走るほど――――翠は、何かに追い詰められていた。


このまま交われば、翠が失うのは純潔だけでは無い。
この国を支えている強大な力まで失ってしまうと言われているのだ。

本来ならば、神官は老いと共にゆるやかに力を失う。

そのため、完全にその力が消えてしまう前に、神官が数年不在でも国が動くように備える。

そしてその間に子を身籠り、新しい神官として育てるのだ。

かつてタケルは、そうカヤに説明してくれた。


(でもそれは、今じゃ無い)

何も備えをしていないこの状態で翠が力を失えば、この国は混乱に満ちるだろう。
その先に待っているのは、最悪の場合、破滅だ。



翠の眼は、次から次にカヤのこめかみを流れていく涙の跡を追っていた。

「翠……?」

そっと呼びかける。伏せられたままの長い睫毛が、二度瞬いた。


――――ゆらり、と緩慢に。
宵が溶けた闇の中、真っ白な翠の腕が持ち上がる。

だらりと垂れたその美しい指先は、カヤの喉仏に爪先を触れさせた。

僅かな息苦しさ。思わず呼吸を止める。

「叶うなら、欲しいに決まってる」

小さく小さく、そう呟いて。


かり、と皮膚に引っかかりながら、翠の指は降りて行く。

のろのろと遅く、触れるか触れないかの控えめさを保ちながら。

やがてその指先は鎖骨の間を迷いながら通り抜け、胸元に辿り着いた。

翠の眼は、もうカヤの涙を追ってはいなかった。
衣に隠されているその場所を、ただ、静かに。


「翠……?」

くんっ、と衣が引っ張られるような感覚。

左右で掛け合わせている衣を分け入るようにして、翠の右手が滑り込んできた。

それと同時、侵入してきた手は内側から衣を押し広げ、カヤの胸元を露わにした。

「なっ」

咄嗟に隠そうとした腕はすぐ囚われ、頭上で一つにまとめ上げられた。

恥ずかしい姿が無防備に晒され、じぃん、と羞恥で頭が麻痺する。

「み、ない、で……」

震える唇で懇願するが、降り注ぐ視線は途切れない。

外気に触れた皮膚が、ぞわりと粟立つ。翠はそれすらも黙って見ていた。


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