【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
しかし戦と言うものは、例え勝利した国であっても無傷では居られない。

必ずや何処かで血が流れ、途絶える命がある。


――――翠は、きっとそれを避けたいのだ。


神官としての力が無くなると言う事実の先に、痛ましい争いがある。

カヤは今日ようやくその事に気が付き、そして事の重大さにぞっとしていた。




「カヤ?」

正座をして固まっていたカヤは、目の前で翠にひらひらと手を振られ、ハッとした。

帰れば良いと言われたのに、意識が一瞬飛んで行ってしまっていた。

「あ、申し訳ありません、ではお言葉に甘えて失礼いたしますっ……」

慌てて立ち上がり出て行きかけたカヤは、

「待て、カヤ」

タケルに呼び止められ、足を止めた。


「はい……?」

「この機会にそなたに言っておきたい事がある。座ってくれ」

そう言ったタケルの表情が驚くほど険しかったため、カヤは静かに静かにその場に腰を下ろした。

翠は、怪訝そうな顔でタケルを見つめている。

タケルは、カヤから一糸たりとも眼を反らす事なく口を開いた。

「昨夜の話で、そなたと翠様が恋仲だと言う事は分かった。だが、これだけは言っておく。次の世継ぎを産むのはそなたでは無い」

あんぐりと口が開いてしまった。

何が何だか分からなかったのだ。

何故唐突にそんな事を言われたのか、本気で理解が出来なかった。


「……おい、いきなり何を言い出す?」

翠が低い声で言った。その眼はタケルを睨んでいる。

しかし睨まれている当の本人は、臆する様子も無く淡々と言葉を吐いた。

「百歩譲って家柄云々は置いておいたとしましょう。ですが、次の神官がカヤのような見目では困るのです」


ようやく理解した。

カヤ達が、もしいつか子供を成したとしても、その子は翠の世継ぎにはなれない、とタケルは言っているのだ。

理由は単純明快。

――――金の髪の子供は、民に望まれないから。




「ッタケル、お前……!」

「私とてカヤが憎くて言っているのではないのです!」

怒ったように立ち上がった翠に、タケルもまた勢いよく身を起こした。

「ですが異質な髪の神官を誰が受け入れますか!神官は絶対的な信仰対象にならねばならないのです!カヤの子供にそれが担えると、貴方は本当はお思いか!」

「だからと言って今ここでカヤにそれを言う事になんの意味がある!?」

「貴方様とカヤが変な間違いを犯さぬよう、釘を刺しているだけでございます!」


まるで頭を思い切り殴られたようだった。

信頼してもらえていると思っていたタケルにそんな事を言われた事に、カヤは酷く衝撃を受けていた。

それに。

(……こども……私達の、こども……?)

そんな事を考えたこともなかった。

だってまだ翠の事を慕うだけで、頭も心も忙しくて、精一杯なのだ。

大好きな翠と流れ行く毎日を過ごせて、それが嬉しくて、これからもずっと、こんな日が続けば良いと。

ただそれだけを、ぼんやりと思っていた。

< 310 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop