【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
――――なんとも奇妙な事に、カヤは『翠に治世を続投して欲しい者』と『翠の退任を望む者』の双方に疎まれているようだった。

『翠の退任を望む者』から疎まれるのは分かる。

だが『翠に治世を続投して欲しい者』にも疎まれるとは思っておらず、初めは少し驚いた。

しかしまあ、冷静に考えれば分からなくも無い。

(絶対的な翠様の力が無くなるなんて事、何かを理由にしなきゃ納得出来ないんだろう)


そして恐ろしい事に、翠の力が無くなったのは、確かにカヤのせいなのだ。




「おいお前等……!」

「ミナト、良いから良いから」

声を荒げかけたミナトを、カヤは慌てて制した。

男達はミナトの大声に振り返ったものの、ツンケンしながら去って行く。

カヤはそれを確認した後、ようやく掴んでいたミナトの腕を放した。

「ごめんね、私のせいで嫌な思いさせて」

「……嫌な思いしてんのはお前だけだろが」

厳しい口調で言うミナトに、カヤは、にへっと頬を緩ませた。

「してないよ。ありがと」

それからミナトが何かを言う前に、するりと踵を返した。

「じゃ、お仕事頑張ってね」

ミナトに向かって元気よく手を振り、カヤは駆けだした。


――――大丈夫。大丈夫だ。









一人でひたすらに素振りをし、やがて稽古を終えたカヤは、世話役の仕事に戻るため翠の部屋に向かっていた。


最近の翠はと言うと、良く眉間に皺を寄せていた。

高官達との審議会は毎日のように行われているが、相変わらず話は平行線を辿っている。

翠は、時間の無駄とも言える高官達との審議の隙間に、鬼のように降りかかってくる通常の公務をこなしていた。

加えて屋敷内での小競り合いが頻発している問題や、着々と時期が近づいてきている秋の祭事の事も考えなければならず――――どうして翠の頭が爆発しないのか、カヤは不思議で堪らなかった。


しかも、彼の頭を悩ませていたのはそれだけでは無い。


「ああ、カヤ!丁度良いところに!」

もうすぐで翠の部屋だと言う所で、タケルに声を掛けられた。

「すまぬがこれを翠様に渡して欲しいのだ。カヤからなら受け取って下さるかもしれぬ」

そう言って差し出されたのは、一通の書簡だった。
中身に何が記されているのか、カヤは何となく感付いた。


「あ、えっと……高官様達からでしょうか?私からお渡ししても同じかとは思いますが……」

書簡の中身が、所謂、"婿候補一覧"だろうと思ったのだ。

全く婿を取る意欲を見せない翠に(取れるわけもないのだが)、焦れたらしい高官達は、婿候補を記した書簡を翠に送るようになっていた。

名前、家柄、職業と言った基本的な情報はもちろん、性格、趣味、そして翠への愛の言葉まで――――何人もの男性の情報がびっしりと記されているらしい。


最初にその書簡を見た時、彼は頭を押さえて項垂れていた。気持ちは分かる。

それ以降、翠は何度も送られてくる婿候補の書簡を開く事はなかった。

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