【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……翠様は、桂様を味方に引き込みたいんだろうな」

ぽつりとミナトが呟いた。

「あの人は翠様の味方でも無いけど、敵でも無さそうだからな。抱き込むなら今の内だろ」

それを聞いて、すべての合点がいった。


(……嗚呼、そうか。そういう事か)

すとん、と何かが落ちたように納得してしまった。


手も足も、鉛を取り込んだかのように重くなっていく。
沈んでいく。何もかも。浮き上がりたい、のに。


(単純に、これは私が予想出来ていなかっただけで)

本来ならば、これがこの世の摂理なのかもしれない。





「それにしても、あの伊万里って娘、えらく見目が良かったな」

不意に霞掛かった頭の中に、ミナトの声が響いてきた。

水底をゆらゆらと漂っていたカヤは、それを合図に水面を目指して水を蹴る。

ざぶん、と水から顔を出して、空気を一度だけ大きく吸い込んで。

そして後は、もう一度沈まないように藻掻くだけ。


――――大丈夫、大丈夫、だ。大丈夫。まだ。




「本当に!眼の保養になったよね。ていうかミナトでもそんな事言うんだね。意外だ」

からかうように言えば、ミナトは「放っとけ」と肩を竦めた。

「つか眼の保養って……お前、普段どんだけ荒んだもの見てんだよ」

「だってほら、最近ミナトと良く会ってるからさ」

「……おい。それは俺が荒んでるって事か?あ?」

調子に乗った所、指で額を弾かれた。痛い。

「ちょっと。か弱い乙女に乱暴は止めてよね」

お返しに背中を小突けば、ミナトが鼻で笑った。

「はあ?か弱い?木刀背負いながら言われても説得力ねえよ」

「あはは、間違いない!」

声を出して笑ったカヤの脳裏に、あの無邪気な笑顔が浮かぶ。

あんな風な笑みを浮かべる事が出来たら、どれだけ良かっただろう。

無垢な白さが、悪気なく瞼を覆うのを感じていた。











その日の夜は、秋だと言うのににかなり冷え込んだ。


普段の衣の上からもう二枚衣を重ねて、更にその上から夜具を纏った状態で、カヤは横になっていた。

馬達のお世話もしっかりと終えて特にする事も無くなったため、早めに床に入ったのが随分前の事だ。

(……眠れない)

もう何度寝返りを繰り返したか分からない。

明日はいつも通りお勤めだから、早く眠らなければいけないのに。



―――――嗚呼、何もかもが重たい。

(沈んでいく)

目を閉じれば、夜闇にずるずると引き摺り込まれていく。

コトン、と音を立てて、強張る身体が水底に辿り着いた。

そこは心地が良いのかもしれないけれど、ふと気が付けば息の出来ない苦しさを悟るところ。

ごぼごぼ、とくすぐったい音を立てて、空気の泡が上昇していく。

ここから見える水面はきらきらと光っていて、とても綺麗に見えた。

寒く無くて、温かな陽光を力いっぱい浴びれるような。

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