【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「うん、そうだよ」
「死ぬほど暇だっただろ」
「まあね。おかげで剣振りすぎて腕が痛いよ」
カヤは笑いながら、団子を一つ頬張った。
―――――伊万里がお試しで世話役の任に就いて、今日で三日目。最終日だ。
この三日間、カヤはひたすらに剣を振っていた。
湧きあがる何かを跳ねのけるように、ただただそれだけを。
翠とは一度も顔を合わせていなかった。
彼が伊万里をどうするつもりなのか、全く分からなかった。
もしかするとこの三日間で翠の考えが変わった可能性もある。
ごめん、やっぱり伊万里を世話役にするよ、と―――――明日部屋に訪れた時、そう言われるのではなかろうか。
そんな事を考える度、カヤは胃が捩れるような気持ち悪さに襲われた。
「――――……怖……なかったか……?」
「――――……ええ……大丈夫……ですわ……」
不意に風に乗って馬の歩く音と、人の話し声が聞こえてきた。
落ち着いたゆったりとした声と、鈴を転がしたような可愛らしい声。
カヤは、ハッとして立ち上がった。
「おい、どうした?」
いきなり腰を上げたカヤを、ミナトが不思議そうに見上げてくる。
「……翠様と伊万里さんの声がした」
そう呟きながら、カヤは辺りを見回した。
間違いない。絶対に絶対にあの二人の声だった。
――――居た。
背の高いススキ郡の隙間から、その姿が見えた。
翠と伊万里とタケル、そして護衛をするかのように周りに何人かの兵。
公務か何かで屋敷の外に出て、たった今帰ってきたのだろう。
カヤは二人の姿を見止めた瞬間、胃が一段下がったような感覚を覚えた。
(……同じ馬に……)
二人は一頭の馬に一緒に乗っていた。
伊万里が前に乗り、その後ろから華奢な身体を守るようにして翠が手綱を引いている。
「翠様が誰かを乗せるなんて初めてじゃねえか?」
いつの間にか立ち上がってカヤと並んだミナトが、驚いたように言った。
知っている。
翠は立場上、馬に誰かを乗せたりしない。
勿論カヤだって、一度も。
(……そうか。伊万里さんならそれが許されるのか)
彼女はそれほどの人間なのだ。
ぼんやりとしている脳内に、そんな事実が改めて突き付けられた。
「――――……初めての馬はどうだった?」
翠が伊万里にそう尋ねるのが聞こえた。
ススキに隠されているためか、カヤ達には気が付く様子が無い。
「ええ、とても楽しゅうございました。でも、次からは髪を結うように致しますわ。翠様の前ですのに、お目汚ししてしまい申し訳ありません」
そう言って、伊万里は乱れた黒髪を恥ずかしそうに撫で付けた。
「死ぬほど暇だっただろ」
「まあね。おかげで剣振りすぎて腕が痛いよ」
カヤは笑いながら、団子を一つ頬張った。
―――――伊万里がお試しで世話役の任に就いて、今日で三日目。最終日だ。
この三日間、カヤはひたすらに剣を振っていた。
湧きあがる何かを跳ねのけるように、ただただそれだけを。
翠とは一度も顔を合わせていなかった。
彼が伊万里をどうするつもりなのか、全く分からなかった。
もしかするとこの三日間で翠の考えが変わった可能性もある。
ごめん、やっぱり伊万里を世話役にするよ、と―――――明日部屋に訪れた時、そう言われるのではなかろうか。
そんな事を考える度、カヤは胃が捩れるような気持ち悪さに襲われた。
「――――……怖……なかったか……?」
「――――……ええ……大丈夫……ですわ……」
不意に風に乗って馬の歩く音と、人の話し声が聞こえてきた。
落ち着いたゆったりとした声と、鈴を転がしたような可愛らしい声。
カヤは、ハッとして立ち上がった。
「おい、どうした?」
いきなり腰を上げたカヤを、ミナトが不思議そうに見上げてくる。
「……翠様と伊万里さんの声がした」
そう呟きながら、カヤは辺りを見回した。
間違いない。絶対に絶対にあの二人の声だった。
――――居た。
背の高いススキ郡の隙間から、その姿が見えた。
翠と伊万里とタケル、そして護衛をするかのように周りに何人かの兵。
公務か何かで屋敷の外に出て、たった今帰ってきたのだろう。
カヤは二人の姿を見止めた瞬間、胃が一段下がったような感覚を覚えた。
(……同じ馬に……)
二人は一頭の馬に一緒に乗っていた。
伊万里が前に乗り、その後ろから華奢な身体を守るようにして翠が手綱を引いている。
「翠様が誰かを乗せるなんて初めてじゃねえか?」
いつの間にか立ち上がってカヤと並んだミナトが、驚いたように言った。
知っている。
翠は立場上、馬に誰かを乗せたりしない。
勿論カヤだって、一度も。
(……そうか。伊万里さんならそれが許されるのか)
彼女はそれほどの人間なのだ。
ぼんやりとしている脳内に、そんな事実が改めて突き付けられた。
「――――……初めての馬はどうだった?」
翠が伊万里にそう尋ねるのが聞こえた。
ススキに隠されているためか、カヤ達には気が付く様子が無い。
「ええ、とても楽しゅうございました。でも、次からは髪を結うように致しますわ。翠様の前ですのに、お目汚ししてしまい申し訳ありません」
そう言って、伊万里は乱れた黒髪を恥ずかしそうに撫で付けた。