【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「うん、そうだよ」

「死ぬほど暇だっただろ」

「まあね。おかげで剣振りすぎて腕が痛いよ」

カヤは笑いながら、団子を一つ頬張った。



―――――伊万里がお試しで世話役の任に就いて、今日で三日目。最終日だ。

この三日間、カヤはひたすらに剣を振っていた。

湧きあがる何かを跳ねのけるように、ただただそれだけを。


翠とは一度も顔を合わせていなかった。

彼が伊万里をどうするつもりなのか、全く分からなかった。

もしかするとこの三日間で翠の考えが変わった可能性もある。

ごめん、やっぱり伊万里を世話役にするよ、と―――――明日部屋に訪れた時、そう言われるのではなかろうか。

そんな事を考える度、カヤは胃が捩れるような気持ち悪さに襲われた。




「――――……怖……なかったか……?」

「――――……ええ……大丈夫……ですわ……」

不意に風に乗って馬の歩く音と、人の話し声が聞こえてきた。

落ち着いたゆったりとした声と、鈴を転がしたような可愛らしい声。


カヤは、ハッとして立ち上がった。


「おい、どうした?」

いきなり腰を上げたカヤを、ミナトが不思議そうに見上げてくる。

「……翠様と伊万里さんの声がした」

そう呟きながら、カヤは辺りを見回した。
間違いない。絶対に絶対にあの二人の声だった。


――――居た。
背の高いススキ郡の隙間から、その姿が見えた。


翠と伊万里とタケル、そして護衛をするかのように周りに何人かの兵。

公務か何かで屋敷の外に出て、たった今帰ってきたのだろう。


カヤは二人の姿を見止めた瞬間、胃が一段下がったような感覚を覚えた。


(……同じ馬に……)

二人は一頭の馬に一緒に乗っていた。

伊万里が前に乗り、その後ろから華奢な身体を守るようにして翠が手綱を引いている。



「翠様が誰かを乗せるなんて初めてじゃねえか?」

いつの間にか立ち上がってカヤと並んだミナトが、驚いたように言った。

知っている。
翠は立場上、馬に誰かを乗せたりしない。

勿論カヤだって、一度も。



(……そうか。伊万里さんならそれが許されるのか)

彼女はそれほどの人間なのだ。

ぼんやりとしている脳内に、そんな事実が改めて突き付けられた。



「――――……初めての馬はどうだった?」

翠が伊万里にそう尋ねるのが聞こえた。

ススキに隠されているためか、カヤ達には気が付く様子が無い。

「ええ、とても楽しゅうございました。でも、次からは髪を結うように致しますわ。翠様の前ですのに、お目汚ししてしまい申し訳ありません」

そう言って、伊万里は乱れた黒髪を恥ずかしそうに撫で付けた。

< 325 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop