【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
きっと、あと少ししたら伊万里がこの部屋に来るのだろう。

カヤが座るはずだった場所に座って、カヤに見るはずだった翠の姿を見て、カヤが掛けられるはずだった言葉を掛けられて。

歩く度に侘しさがこぼれ落ちていく。

部屋を出た瞬間、ぞっとするほど虚しくなった。

それは正しく脅威だった。

侵される事など無いと安心しきっていたこの静寂な空間に、別の誰かが足を踏み入れるのだ。

そして起きる美しい波紋を、きっとカヤは対岸から眺めているのだろう。

成す術もなく立ち尽くし、そして、どうせ笑いながら。












煤けた茶色の原っぱの先に、雲一つ無い真っ青な青空。

さわさわとススキが鳴らす音と共に、時折ひんやりとした風が肌を指す。

今日はこんなにも晴天なのに、空気は澄んだ寒さを纏っていた。

カヤは片手に木刀を持ったまま、目の前のススキの原っぱを眺めていた。


「……もう枯れてる」

そっ、とススキに指を触れさせた。

多くは枯れススキとなり、力無く地面に向かってしな垂れている。


ついこの前まで秋になったばかりだと思っていたのに。

きっとあっという間に冬が訪れ、この広場も冷たい雪に覆われるのだろう。


(……そろそろ稽古に戻ろう)

いけない、いけない、とカヤは頭を振り踵を返した。

少し休憩するつもりが、もう随分とその場に立ち尽くしてしまっていた。


「よし」

気合いを入れ直し、木刀を構えた時だった。


「……あれ?ミナト?」

広場に近づいてくるその姿を見止め、カヤは木刀を下ろした。


「よ」

「どうしたの?今日は駄目だったんじゃ……?」

軽く手を上げてきたミナトに、カヤは首を傾げた。

この広場に来る前に声を掛けた時は「今日は難しそう」と言っていたのだが。


「たまたま時間が空いた」

「あ、そうなんだ!わざわざ来てくれてありがとう!それじゃ、是非とも……」

正直、一人で延々と素振りをするよりも誰かに相手をしてもらった方が数倍身になる。

そのためさっそくミナトに手合わせをお願いしようとしたのだが、

「ちょっと待て」

何故か止められた。


「え」

「ひとまず座れ」

「あ、はい」

良く分からないまま腰を下ろすと、目の前に何かが差し出された。

「ん」

「ん?」

何か包みのようなものだ。
端から串が数本はみ出ている。

「ナツナから団子だ。食え」

「わ、ほんと!?やった!」

カヤは喜々としてその包みを受け取った。

ナツナが作るものは、例えただの握り飯でもとっても美味しいのだ。

包みをガサガサと開けるカヤの隣に、ミナトも並んで腰かけてきた。

「今日で休み終わりだっけか?」

カヤが三日間休みを貰っている事を知っているミナトが、そう尋ねてきた。

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