【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
村の門を抜けるのは、たやすい事だった。

秋の祭事のおかげで行商人の出入りが激しく、二人は何ら怪しまれる事なく門を跨いだ。

起きたのが明け方だったせいか、こんなに色んな事があったのに、村を出たのはまだ朝と言える時間帯だった。

馬を走らせていると、道中に生えている木には色褪せた葉を落としきっているものが多いことに気が付いた。

すっかり紅葉も過ぎ去ってしまったようだ。


(前に通った時は深緑にもなってなかったのに)

以前にこの道を通ったのは、ハヤセミに『カヤを返さないならば、翠を嫁に寄こせ』と言われ、話し合いのために隣国へ向かった時だ。

あの時は翠ではなく、ミナトに手綱を引いてもらったっけ。


(馬に乗るなんて初めてだったから、叫びまくってたなあ)

今思えば真後ろに居たミナトは相当煩かったに違いない。

カヤは思わず苦笑いを漏らした。



二人はカヤの宣言通り、ほとんど休む事無く国境に向けて馬を走らせた。

そのお陰か、なんとか陽が落ち切る前に国境の山に足を踏み入れる事が出来た。


「あ、翠。そっちの道じゃなくて、こっちの道に行って欲しいの」

山道に入ってすぐ、カヤは目の前に続く踏み均された道では無く、横に逸れる細道を指さした。

「……前通った道とは違う道だよな?」

翠は不思議そうに言いながらも、そちらに馬を向かわせてくれる。

「うん。前はちゃんとした道を通ったもんね」

二人が進んだのは『ちゃんとした道』とは言い難かった。

一応道らしきものはあるとは言え、滅多に人が歩かないのか、カサカサと揺れる落ち葉の隙間から大量の草が生えている。


「以前の道で隣国に入っても良いんじゃないのか?」

段々と細く険しくなる道を随分と突き進んだ頃、あまりの悪路ぶりに一抹の不安を覚えたのか翠がそう提案してきた。

「ううん、隣国へは入らないよ」

カヤがそう返すと、てっきり隣国へ向かっているのものだと思っていたらしい翠が訝し気に言った。

「え?じゃあ何処に行くんだ?」

「んー……もうすぐだと思うんだけど……っあ!着いた!」

それが見えた時、カヤは喜びの声を上げた。

鬱蒼とした枝が生い茂るばかりだった目の前が、突然開けた。


「う、わ……」

後ろで翠が驚いたように声を漏らす。


その眺めは、二人の言葉を失わせるには十分すぎるものだった。


地上の方はもう終わってしまったが、標高の高いこの辺りは今が丁度、紅葉の真っただ中らしい。

赤、黄、緑――――極彩色に彩られた山々が遥か遠くまで続いていて、その隙間を縫うようして、立派な大河が龍の如く鎮座している。

先の見えない川の向うでは、燃えるような夕日が今にも地平線に沈もうとしていた。

視界を焼くような激しい赤は、空に浮かぶ千切れ雲を透かし、眼下の山々をも壮大に照らす。

夕焼けは上に昇るにつれて徐々に橙色に移り変わり、やがて群青と溶け合っていく。

真上の空は見事な紺色に染まっており、深い宵闇には秋の夜の訪れを知らせる星が、既に幾つか瞬き始めていた。

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