【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
数えきれないほどの色彩が世界中に溢れかえっていた。

嗚呼、私達はこの見事な自然に生かされているのだと、そう実感させられる。



「凄いよね、この景色」

馬を降りた二人は並んで、目の前の雄大な自然を眺めた。

「……うん、凄い」

翠が頷く。

それ以上の言葉は無かったが、それは彼は目の前の景色に見惚れているからなのだと、表情を見て分かった。



眩しい夕焼けに眼を細めながら、カヤは口を開いた。

「……私が砦から逃げた日ね、この国境の山を一人で逃げてたんだ。全然道も分からなかったから迷っちゃって、多分三日くらい彷徨ってたんだよね」

前を見つめていた翠が、ゆっくりとこちらを向く。
少し驚いた表情をしていた。

カヤがあの日の話を詳しく翠にするのは、初めてだった。

「お腹も空いて、死にそうなくらい疲れてて、しかも追手に捕まるのが怖くてまともに寝れてなかったから、結構しんどくてさ」

今思えば、まさに極限状態だった。

何かを考えると言う事すら億劫で、ただただ本能のように足を前に出す事しか出来なかった。

「あー、ここで死ぬんだろうなーって諦めかけた時に、偶然この場所に出たの」

不安と絶望に押し潰されそうだったカヤの目の前に突如現れた。

あの時は春だったし、昼間だったから今日のような景色とはまた異なるが、その代わり穏やかで優しい桜色がどこまでも広がっていた。

「本当に吃驚したんだ。私の国は剥き出しの崖ばかりだったから、こんな透き通った景色は初めて見たの」

川に終わりがないことを初めて知った。
雲が山に悠然と影を落とすことを初めて知った。

「生きて必ずもう一度見たい、って、そう思った」

心を揺り動かす世界があるのだと初めて知った。


まだ諦めきれない、と思った。
この景色を再び眼に焼き付けたい、と思った。

「そのおかげでまた歩けたの。まあ結局、翠の国に入った瞬間に人攫いに捕まっちゃったんだけどね」

へへへ、と苦笑いしながらカヤは頭を掻く。


「……それでも、もしあの時諦めてたら、また此処には立ててなかった」

信じられないことに、もう一度見れたのだ。
しかも、あの時とはまた違った景色を。

四季と言う理の完璧さに、カヤの胸は再び感動に打ち震えていた。


「この景色があるのは、代々この国を平和に治め続けてきてくれた神官様達のおかげ。そして今は、翠。貴方のおかげだよ。貴方が和平のために尽力してくれたおかげ」

翠は、カヤの話をじっと聞いてくれていた。

その手を取り、感謝を込めてそっと口付ける。

「ありがとう。私は翠に出会う前から、貴方に救われてたみたい」

唇を放し、その眼を覗き込んだ。

一番近くで視線が交じり合って、それだけで頬に笑みが浮かぶ。

嬉しかったのだ。この場所に翠と並んで立てた事が。


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