【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
剣の良し悪しは良く分からないが、粗雑な作りでは無い。

寧ろ石を囲うようにしてされている細工の細かさを見るに、素人目から見ても結構な代物のように思えた。

「綺麗だねえ……」

思わず呟いた時、不意に気が付いた。

「……ん?もしかして翠の剣とお揃い?」

カヤは目の前の短剣と、翠の護身用の剣を見比べた。

剣自体の長さは違うが、柄の部分に嵌めこまれている石が同じだった。

「うん。俺が産まれた時に母上が鍛治に作らせてくれた物でな。対になってるんだ」

「へー!良いね、そういうの!」

カヤは顔を輝かせながら、目の前の短剣を更に見つめた。

翠が常々大切に剣をお手入れをしている理由がようやく分かり、カヤはなんだか嬉しくなった。

この二振りの剣には、翠のお母様の愛が籠っているのだ。

「そっかあ……すごく素敵だね……って、翠?」

温かな気持ちで微笑んでいたカヤは、不意に己の右手が翠に握られた事に気が付いた。

戸惑うカヤの掌を上に向かせ、翠は言う。

「良かったらこれ、カヤに貰って欲しいんだ」

その短剣を、そっと置きながら。


柄を握りこむように上から手を包まれ、カヤは一瞬間抜け面を浮かべてしまった。

「……いやいやいやいや!」

次の瞬間、慌てて首を横にぶんぶんと振りまくる。

「ご、ごめん、確かに綺麗だって言ったけど、欲しくて言ったんじゃなくて……!」

「うん、分かってるよ」

余りのカヤの焦りように、翠は可笑しそうに肩を揺らした。

じゃあ、なぜ。
そう顔中で物語るカヤに、翠が「あのな」と優しく言葉を紡ぐ。

「きっとこれから、今以上に忙しくなって屋敷を空ける機会も増える。出来るならずっとカヤの傍に居て守りたいけど、そうもいかなくなると思うんだ。だからせめて、カヤに持ってて欲しい」

重ねた手は温かい。
この人の心と同じように、温かい。

どれだけ冷たな水底に沈んでいたとしても、絶対的に届く陽光のように。

「カヤの命を守るために。そして、二人が共に在る事を忘れないために」

息を呑む。
きっと思い出す、と思った。

この先、己の指先が凍えてしまっても、今感じているこの温もりを。

翠を、翠だけの体温を、身体中の全てで感じた、あの幸せな夜を。


「……うん、分かったよ。ありがとう」

その短剣を受け取り、そして両手でしっかりと握りしめ、胸に抱く。


初めての翠からの贈り物は、愛でるだけの花でも宝石でも無かった。

ずしりと重たい残酷な、鈍色の凶器。

素直に嬉しかった。

この重みが、弱いこの心をたおやかに奮い立たせる。
背中に隠されて守られるだけの存在で在るな、と。



(翠が望むのならば、私は)

いつかこの刃の先に、誰かを見据える事になったとしても。それでも。


――――私は、貴方の隣に立てる存在で在りたい。

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