【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「だから、何も案ずる事なく見ていて欲しい。私は必ずやこの国を憂い無き国にし、必ずや皆を幸福にしてみせる」

(ああ、私の好きな翠だ)

何があっても、私はこの人に着いていくだろう。

そしてきっと、同じ思いを抱いているのはカヤだけでは無いと、絶対的に思えた。

「では、どうか皆、今日は目いっぱい祭りを楽しんでくれ」

麗しく微笑んだ翠に、誰しもが深々と頭を下げたのが見えたから。








「なんだか、翠様は雰囲気が変わられましたね」

翠が去って行き、再び喧噪を取り戻した広場で、ナツナがそんな事を言った。

「そうね。以前はあんな風にご自分の思いを口にされない印象だったけど……私達が思っているよりもずっと、私達の事を考えて下さっているのね。驚いちゃった」

「力が無くなっても、やっぱり翠様は私達のお導きですねえ」

ナツナとユタが交わすそんな会話を聴いて、カヤは嬉しくなった。

きっと翠は、崇高すべき対象であり、同時に近寄りがたい存在だったに違いない。

けれど最近の翠は、自ら作っていた強固な壁を少しずつ壊し始めていた。

(いつか、翠がありのまま生きられる日が来ると良いな)

絶対にそんな日が来る。
強い意志があれば、必ず。


「ね、ね、さっそく露店回ろうよ!」

そんな希望を胸に抱きつつ、カヤは二人の手を握って引っ張った。

今年も屋敷の敷地内には数えきれないほどの露店が軒を連ねているのだ。
先ほどから美味しそうな香りが鼻をくすぐって、お腹の虫が騒いでいる。

「そうね!このために朝ごはん抜いてきたのよ!」

「私もなのです!さ、行きましょう!」

三人は弾かれるようにして、活気溢れる人波に向かって駆けだしたのだった。




秋の祭事は、春の祭事の時と比べると、身体を温めるような食べ物を提供する露店が多いようだった。

そのせいか、ズラリと並ぶ露店のあちこちからは温かい蒸気が立ち上り、人々の熱気と混ざり合っている。

この寒空の下だと言うのに、少し身体が汗ばんでしまうほどだ。


揃いも揃って朝ごはんを抜いていた三人は、目に止まる露店に立ち寄っては、珍しい食べ物に目を輝かせた。

色んな食べ物を味わいたいし、馬鹿みたいに買うのは止そう――――と、食べ歩きを始める前に三人で言い合ったにも関わらず、その決意は儚くも散った。

だって、なんとも困った事にどれもこれも大変に美味しそうなのだ。

結局三人は、まんまと両手いっぱいに食べ物を抱える事となった。
しかし悔いは無い。三人の表情は、これ以上ないほどに、ほくほく顔だった。

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