【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「ね、ね、来年の春の祭事はさ、夜に二人で抜け出そうよ。また一緒に踊ろ!」

カヤが上機嫌に言えば、翠は「そうだな」と穏やかに頷いてくれる。

「翠はコウの恰好してさ。あ、そうだ。私も変装とかしちゃおうかな。そうしたら顔を隠さずに踊れるし……あー、今から楽しみだなあ。翠と踊れるの……」

嬉しさで饒舌になっていたカヤは、はたと口を止めた。

翠の白い指先が、カヤの顎を柔く引き寄せたのだ。

あ、と思った時にはもう目の前に、しめやかに閉じられた瞼とそこから伸びる長い睫毛があった。

「すっ、」

唐突な口付けに驚き、離した唇は、一瞬後にはまた翠の方から合わさった。

反射的に全身が強張ったが、ゆっくりと咥内に入り込んできた舌に溶かされ、あっという間に力が抜けて行く。

徐々に獰猛になっていく翠に、カヤが抗う事は出来なかった。


(声がする)

開いた窓からは、ひやりとした風と共に、祭事の喧噪が入り込んできていた。

外では数えきれない人達が祭事を楽しんでいると言うのに、誰も居ない屋敷の奥深くの一室で、翠と二人きりでこんな事をしている。

いけない事だと分かっているのに、カヤは翠の背中に腕を回す事を止められなかった。


いつの間にか、羽織っていた厚めの衣は翠の手によって脱がされていた。

その間にも翠の口付けは留まる事を知らず、鼻先、瞼、こめかみを通って、真っ赤になっているであろう耳朶をねぶる。

自分が喰われる音が鼓膜に直接響くから、どうしようもなく眩暈がした。


「っ、」

衣の隙間から入り込んできた指が存外に冷たくて、カヤは小さく息を漏らした。

「……ごめん、冷たい?」

耳元で囁かれた声が熱っぽくて、感化された頭が今すぐにでも沸騰しそうだ。

「だい、じょ……ぶだから……め、ない、で……」

火照った皮膚を滑り落ちて行く指の挙動一つ一つに震えながら、必死に言葉を紡ぐ。

変だった。何かが変だった。
与えられている最中にも関わらず、酷くじれったかった。

「っおねが、い……止めないで、翠っ……」

嗚呼、どうすれば良いだろう。
こんなの、貴方が幾らあっても足りない。


――――ぴたり、と翠の動きが唐突に止まった。



「……へ?す、翠……?」

戸惑いながら声を掛けると、翠はカヤの両肩にそっと手を置いた。

それからゆっくりと、それはもう懇切丁寧な程にゆっくりと、カヤの身体を遠ざける。

「……危なかった」

俯きながらぼそりと呟いた翠は、次の瞬間には、ゆるりと顔を上げた。

「悪い、カヤ。そう言えばナツナ達が待ってるんだったな」

快活にそう言って、肌蹴たカヤの衣をしっかりと掛け合わせる。

拍子抜けを喰らったカヤは、されるがままになるしか無かった。

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