【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(また誰かと喧嘩でもしたのかな……)

そんな事を考えていると、

「なあ。これ翠様に持ってくなら、温かいうちの方が良いんじゃねえの?」

当の本人に声を掛けられ、カヤはハッと意識を取り戻した。

確かにミナトの言う通り、ほかほかと湯気を立てているうちに翠に食べて貰った方が絶対に美味しい。

「あ、うん、でも……」

せっかくナツナとユタと三人で回っている最中なのだ。
今、翠のところへ行くのも忍びない。

「カヤちゃん。行ってきて下さいな」

遠慮しかけたカヤの背中を、ナツナが優しく押した。

「私達、この辺りをぶらーっとしているので。きっと翠様もお喜びになられます」

ナツナの後ろではユタが微笑みながら頷いてくれていた。
カヤは二人の言葉に甘えて、翠の所へ向かう事にした。







「翠!」

肉包子を両手に抱えながら部屋に現れたカヤに、翠は眼を丸くした。

「どうした?ナツナ達と回ってたんじゃないのか?」

「うん、そうなんだけど、ちょっと待ってもらってて……わ、わ、落ちる落ちる」

肉包子が転げ落ちてしまわないよう悪戦苦闘するカヤに、翠が慌てて適当な器を持ってきてくれた。

翠に手伝って貰いながら肉包子を器に積み終えたカヤは、ふう、と一息ついた。

我ながらさすがに買いすぎたかもしれない。

こんもりと盛られた大量の肉包子に苦笑いしつつ、カヤはそれ一つ翠に差し出した。

「これ、翠にお土産。良かったら食べて!」

「え?俺に?」

「うん。ほら冷めちゃう前に、早く早く」

翠は戸惑いつつも肉包子に手にすると、上品に口にした。

「……美味いな!なんだこれ!」

一瞬で笑顔になった翠を見て、カヤもこれ以上ないくらいに顔を綻ばせた。

「良かった!絶対翠に食べて欲しかったの。ちょっと買いすぎちゃったから、好きなだけ食べてね。残ったら明日一緒に食べよう」

ニコニコとそう言ったカヤに、翠が優しく微笑んだ。

「……ありがとうな、カヤ」

翠の声色があんまりにも穏やかで、カヤは、ちょっぴり変な顔になってしまった。

自分が居ると色んな人間が気を遣うから、と気にして、翠は祭事を楽しもうとはしない。

賑やかな場から遠く離れたこの部屋で一人過ごすのだ。

そんな翠に、少しでも祭事の楽しい空気を味わって貰いたかった。

きっとカヤのお節介は、翠にはお見通しだろう。

しかし、春の祭事の時は「別にこれで良いんだ」と言ってのけた翠が、今こうして率直なお礼を言ってくれた事が嬉しかった。

彼の心が少しずつ変化し始めているのだと、実感できた気がして。


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