【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「あれ、どうしたんだろ……あはは、ごめんね、嬉しすぎて止まんないや」
笑いながらゴシゴシと瞼を擦ると、後頭部にミナトの掌が乗っかってきた。
雑目に下ろされた掌だったが、しかし存外にも優しくカヤの髪を撫でる。
鼻を啜りながら視線を上げれば、ミナトは静かな眼差しでカヤを見降ろしていた。
視線が緩く絡めとられ、どうにも逸らせなかった。
ミナトは時々、この眼でカヤを見つめてくる。
「……お前はさ、逃げたくならねえの?」
眼差しと同じくいらの深沈さで、ミナトはそんな事を言う。
「へ?」
「お前、その見た目のせいで嫌な思いばっかりしてんだろ?何処か違う場所に行きたくならねえのか?」
なんとも脈絡の無い話であった。
どうしてミナトがそんな事を聴いてくるのか、カヤには良く分からなかった。
「まあ……将来的に行ければ良いなと思ってるところはあるけど、今は別に良いかな」
戸惑いつつも、カヤはそう口にした。
大陸に行きたいと焦がれていた事もあったが、最近は全くそう思わない。
きっと、この国で大切なものが出来すぎてしまったからだ。それはとても幸せな事だ。
「確かに嫌な思いをする時もあるけど、それ以上に私は此処に居たいよ。それに時間が経てば、私の見た目にも慣れてくれる人がきっと増えて来るだろうし」
そうしていつか本当の幸福を噛み締める事が出来ると良い。
この場所で、そして翠の隣で。
「――――お前がいくら足掻いても人間の根底は変わらねえぞ」
奇妙に抑揚の無いミナトの声。
カヤの笑顔が、するすると引っ込んだ。
「……へ?」
思わぬ科白に唖然とする。
ミナトの口調が乱暴なのはいつもの事なので慣れっこだが、今の言葉は何かが絶対的に違っていた。
「どれだけ時間が経っても、この国の人間は一生お前を受け入れようとはしない。それが分かりきっているのに、此処に居続けるのか?」
「え……?なに言ってるの……?」
目に見えないその気迫に押され、思わず後ずさる。
ミナトが同じ歩幅で距離を詰めてくるから、気が付けば背中が壁に押し付けられていた。
「その見た目のせいでお前は何度も危ない目に合っただろ。そのせいで無駄に泣いてきたじゃねえか。どう考えても違う場所に行った方が良い」
ミナトの指が、カヤの両肩を強く掴んだ。
その力強さに顔が歪む。
ミナトの指じゃないみたいだった。
先ほど頭を撫でてくれた指とは全然違う、凶暴な指。
「ミナト、離して……?」
込み上げてきた恐怖に抗えず、思わずその手を振りほどこうとする。
けれど無駄だった。
びくともしないミナトの腕に、男の人の力の強さを改めて思い知る。
怖かった。
信じ難いことに、カヤはミナトが怖かった。
「俺には分かるんだよ。お前は、誰もお前を虐げないような所で生きた方が絶対に幸せだ!」
「ミ、ミナトってば……!ねえ、退いてよ……!」
「なあ、だから、俺と一緒に―――――」
「―――――困るな、ミナト」
呼吸が、止まった。
「翠様……」
カヤの肩を掴んだ状態のまま、ミナトが驚愕の表情を浮かべる。
カヤは安心して座り込みそうになってしまった。
廊下の角に立つ翠は、腕を組みながら、ゆるりと口角を上げていた。
「カヤが嫌がっている。悪いが離してやってくれないか」
穏やかな声ではあったが、翠の視線は鋭くミナトの手に注がれていた。
笑いながらゴシゴシと瞼を擦ると、後頭部にミナトの掌が乗っかってきた。
雑目に下ろされた掌だったが、しかし存外にも優しくカヤの髪を撫でる。
鼻を啜りながら視線を上げれば、ミナトは静かな眼差しでカヤを見降ろしていた。
視線が緩く絡めとられ、どうにも逸らせなかった。
ミナトは時々、この眼でカヤを見つめてくる。
「……お前はさ、逃げたくならねえの?」
眼差しと同じくいらの深沈さで、ミナトはそんな事を言う。
「へ?」
「お前、その見た目のせいで嫌な思いばっかりしてんだろ?何処か違う場所に行きたくならねえのか?」
なんとも脈絡の無い話であった。
どうしてミナトがそんな事を聴いてくるのか、カヤには良く分からなかった。
「まあ……将来的に行ければ良いなと思ってるところはあるけど、今は別に良いかな」
戸惑いつつも、カヤはそう口にした。
大陸に行きたいと焦がれていた事もあったが、最近は全くそう思わない。
きっと、この国で大切なものが出来すぎてしまったからだ。それはとても幸せな事だ。
「確かに嫌な思いをする時もあるけど、それ以上に私は此処に居たいよ。それに時間が経てば、私の見た目にも慣れてくれる人がきっと増えて来るだろうし」
そうしていつか本当の幸福を噛み締める事が出来ると良い。
この場所で、そして翠の隣で。
「――――お前がいくら足掻いても人間の根底は変わらねえぞ」
奇妙に抑揚の無いミナトの声。
カヤの笑顔が、するすると引っ込んだ。
「……へ?」
思わぬ科白に唖然とする。
ミナトの口調が乱暴なのはいつもの事なので慣れっこだが、今の言葉は何かが絶対的に違っていた。
「どれだけ時間が経っても、この国の人間は一生お前を受け入れようとはしない。それが分かりきっているのに、此処に居続けるのか?」
「え……?なに言ってるの……?」
目に見えないその気迫に押され、思わず後ずさる。
ミナトが同じ歩幅で距離を詰めてくるから、気が付けば背中が壁に押し付けられていた。
「その見た目のせいでお前は何度も危ない目に合っただろ。そのせいで無駄に泣いてきたじゃねえか。どう考えても違う場所に行った方が良い」
ミナトの指が、カヤの両肩を強く掴んだ。
その力強さに顔が歪む。
ミナトの指じゃないみたいだった。
先ほど頭を撫でてくれた指とは全然違う、凶暴な指。
「ミナト、離して……?」
込み上げてきた恐怖に抗えず、思わずその手を振りほどこうとする。
けれど無駄だった。
びくともしないミナトの腕に、男の人の力の強さを改めて思い知る。
怖かった。
信じ難いことに、カヤはミナトが怖かった。
「俺には分かるんだよ。お前は、誰もお前を虐げないような所で生きた方が絶対に幸せだ!」
「ミ、ミナトってば……!ねえ、退いてよ……!」
「なあ、だから、俺と一緒に―――――」
「―――――困るな、ミナト」
呼吸が、止まった。
「翠様……」
カヤの肩を掴んだ状態のまま、ミナトが驚愕の表情を浮かべる。
カヤは安心して座り込みそうになってしまった。
廊下の角に立つ翠は、腕を組みながら、ゆるりと口角を上げていた。
「カヤが嫌がっている。悪いが離してやってくれないか」
穏やかな声ではあったが、翠の視線は鋭くミナトの手に注がれていた。