【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
あの後カヤと翠は、普段通りミナトに声を掛けに行った。

通常ならばミナトは手が空いている時にだけ稽古に付き合ってくれるのだが、今回は何しろ翠直々のお呼び出しだ。

『断る』と言う選択肢も無いままに、ミナトはこうして仕事を中断して広場に来てくれた。



「では、普段通りに稽古してみてくれるか」

翠の言葉に頷いたミナトは、その場に突っ立っていたカヤに視線を向けた。

「承知致しました。おい、やるぞ」

「あ、うん……!」

カヤは慌てて木刀を構える。

向き合う二人を、離れたところから翠が凝視しているのが分かった。

どうして一緒に来たのか、翠は理由を話してはくれなかった。

彼は忙しいから、暇を持て余して退屈しのぎに、と言う訳でもないだろうに。



「……行くぞ!」

ミナトの鋭い声を受け、頭の中が考え事で一杯だったカヤは、ビクッと肩を震わせた。

「は、はい!」

目の前のミナトに気を集中させ、そうして振りかかってきた斬撃を受け止めた。


風を切って聴こえてくるミナトの呼吸に耳を澄ませながら立ち回る。

何度も何度も手合わせをしてきた結果、何となく次にミナトが繰り出すであろう一振りが予想出来るようにはなってきていた。

そして、時折彼が敢えて作ってくれる隙に対して、攻撃を打ち込み、瞬時に下がる。

以前までは打ち込んだ後の足さばきが苦手だったのだが、繰り返し練習した結果、少しは滑らかにさばけるようになった。

このように攻めと守りを交互に繰り返し、息が上がるまで互いに討ち合うのが、二人の普段の稽古の光景だった。


「――――止めだ!」

翠の声と共に、二人はピタリと動きを止めた。

「カヤも大分上達したな。驚いたよ。ミナトの指導のおかげだな」

翠は二人に近寄ってきながら、ミナトに賞賛を述べた。

「いえ。本人の努力の結果です」

「ふふ、まあそう謙遜するな」

朗らかに笑う翠からは、悪い雰囲気は感じない。

もしかしたら単純にカヤの成長ぶりを確認したかっただけなのかもしれない。

そう胸を撫で下ろしたカヤだったが、次に翠から発せられた言葉は予想もしないものだった。


「では次は、木刀では無く真剣で討ち合ってくれるか」


しん、とした沈黙が流れた。



「……え?」

喉から漏れ出てきたのは、掠れた声だった。

翠が何を言い出したのか、全くもって分からなかった。
そんなの、カヤに怪我をしろと言っているようなものだ。

カヤは真剣で討ち合った事など一度も無い。
それを翠も分かっているはずなのに。


「ミナトは自分の剣を使うと良い。カヤは私の剣を使いなさい」

テキパキと指示を出し、翠は己の護身用の剣をカヤに差し出す。

衝撃のあまり無意識にそれを受け取ってしまったカヤは、その重量感に驚き、ようやく意識を取り戻した。

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