【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「いえ、あの、私真剣なんて振るった事は無いのですが……恐らく怪我をするかと……」
「大丈夫だ。ミナトの方は普段から使い慣れているだろうから、カヤに怪我が無いように上手く立ち回ってくれる」
そんな事をごく当たり前のように言われ、カヤは困り果ててミナトを見た。
彼もまた、酷く混乱した様子で翠を見つめていた。
良かった。カヤが可笑しいのではなく、やはり翠の言っている事が可笑しいのだ。
ミナトが翠の命令に対して物申すのは、立場的に難しいだろう。
となればもう、翠を説得するのはこの場には自分しかいない。
そう判断したカヤは、おずおずと口を開いた。
「お言葉ですが……別に稽古の場なら、真剣でなくとも木刀でも良いのでは……」
ありませんか?と言いかけたカヤは、翠の顔を見て口を紡いだ。
「カヤが今稽古をしているのは、何のためだ?」
清廉だが、厳かな視線。
二人きりの時には到底しないであろう目付きで、翠はカヤを見ていた。
「以前にも言ったと思うが、実戦で使えなければこの稽古は何の意味も成さない。私は遊戯のために稽古の許可を出しているのではないのだ。そのためにも真剣に慣れておかなければ」
翠の言う事はごもっともだった。
いつかは木刀を真剣に持ち替えなくてはいけない日が来る。
そして、その刃で誰かを斬り付けなければいけない日が来る。
頭の隅で分かってはいたけれど、何処かで逃げ続けていた己の弱さを見透かされた気がして、カヤは頷くしか無かった。
「……分かりました」
翠から預かった剣を両手で握り絞める。
想像していたよりも重量感がある。
カヤの頼りない腕には、まだ重い気がした。
刃の鈍い光がギラギラと眼を刺してくるので、カヤは思わず瞼を閉じた。
大丈夫だ。普段通り稽古をすれば、きっと大丈夫。
そう暗闇の中で自分に言い聞かせる。
それに何と言っても相手はミナトだ。
カヤにも、そしてミナト自身にも怪我が無いように上手く立ち回ってくれるだろう。
深く深く息を吐いたカヤは、意を決してミナトと向き合った。
「よし、それじゃあ、ミナト。お願いしま……」
覚悟を込めた言葉は、途中でぷつりと途切れた。
「ミナト……?」
てっきり既に構えを取っているだろうとばかり思っていた彼は、両手をぶらんと下げたまま、その場に立ち尽くしていた。
俯き加減のミナトの視線は、ある一点に固定されていた。
己の腰に刺さる、真剣に、だ。
何か様子が変だ。
「どうしたの、ミナト……わっ」
思わずミナトに駆け寄ろうとした瞬間、目の前に腕が伸びてきた。
翠がカヤの進路を遮るように、体を制してきたのだ。
「ミナト。早く剣を構えなさい」
翠の呼びかけにミナトは反応を示さなかった。
ただただ硬直したような眼球は、腰の剣を真っ直ぐに見下ろすばかり。
「大丈夫だ。ミナトの方は普段から使い慣れているだろうから、カヤに怪我が無いように上手く立ち回ってくれる」
そんな事をごく当たり前のように言われ、カヤは困り果ててミナトを見た。
彼もまた、酷く混乱した様子で翠を見つめていた。
良かった。カヤが可笑しいのではなく、やはり翠の言っている事が可笑しいのだ。
ミナトが翠の命令に対して物申すのは、立場的に難しいだろう。
となればもう、翠を説得するのはこの場には自分しかいない。
そう判断したカヤは、おずおずと口を開いた。
「お言葉ですが……別に稽古の場なら、真剣でなくとも木刀でも良いのでは……」
ありませんか?と言いかけたカヤは、翠の顔を見て口を紡いだ。
「カヤが今稽古をしているのは、何のためだ?」
清廉だが、厳かな視線。
二人きりの時には到底しないであろう目付きで、翠はカヤを見ていた。
「以前にも言ったと思うが、実戦で使えなければこの稽古は何の意味も成さない。私は遊戯のために稽古の許可を出しているのではないのだ。そのためにも真剣に慣れておかなければ」
翠の言う事はごもっともだった。
いつかは木刀を真剣に持ち替えなくてはいけない日が来る。
そして、その刃で誰かを斬り付けなければいけない日が来る。
頭の隅で分かってはいたけれど、何処かで逃げ続けていた己の弱さを見透かされた気がして、カヤは頷くしか無かった。
「……分かりました」
翠から預かった剣を両手で握り絞める。
想像していたよりも重量感がある。
カヤの頼りない腕には、まだ重い気がした。
刃の鈍い光がギラギラと眼を刺してくるので、カヤは思わず瞼を閉じた。
大丈夫だ。普段通り稽古をすれば、きっと大丈夫。
そう暗闇の中で自分に言い聞かせる。
それに何と言っても相手はミナトだ。
カヤにも、そしてミナト自身にも怪我が無いように上手く立ち回ってくれるだろう。
深く深く息を吐いたカヤは、意を決してミナトと向き合った。
「よし、それじゃあ、ミナト。お願いしま……」
覚悟を込めた言葉は、途中でぷつりと途切れた。
「ミナト……?」
てっきり既に構えを取っているだろうとばかり思っていた彼は、両手をぶらんと下げたまま、その場に立ち尽くしていた。
俯き加減のミナトの視線は、ある一点に固定されていた。
己の腰に刺さる、真剣に、だ。
何か様子が変だ。
「どうしたの、ミナト……わっ」
思わずミナトに駆け寄ろうとした瞬間、目の前に腕が伸びてきた。
翠がカヤの進路を遮るように、体を制してきたのだ。
「ミナト。早く剣を構えなさい」
翠の呼びかけにミナトは反応を示さなかった。
ただただ硬直したような眼球は、腰の剣を真っ直ぐに見下ろすばかり。