【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(……っ思い、出せない……)

だって忘れたのだ。忘れたかったのだ。

自分で記憶に蓋をして、大好きだったミズノエの顔も声も、涙で限界まで薄めきった。

そうすれば、身体中がバラバラに裂けてしまいそうな、あの痛みすらも薄まるような気がして。



「やはり生きてたのか、ミズノエ」

混沌とする頭に、翠の声だけが真っすぐ届いてきた。

カヤは頭を押さえながらも、目の前で対峙している二人の男を見やる。

「……どうして俺の事を知ってるんですかね?」

丁寧さを投げ捨てた調子で、ミナトが言う。

「以前カヤが話してくれたよ。幼い頃、お前がハヤセミに斬られたと言う事も、あの髪飾りをカヤに贈ったのだと言う事も」

確かにカヤは、その記憶を翠に話した事があった。

正にミズノエが斬り捨てられた砦の部屋の中で、弥依彦の嫁になると言い出した翠を止めるため、過去を暴露した。

「私もお前が死んでいるものだと思って、一切疑いもしなかったよ。あの祭事の日まではな」

ハッ、とする。
思い当たる事があったのだ。

そう言われれば、翠が可笑しな命令を出したのは、確かに秋の祭事の数日後だった。

もっと言えば、祭事の時に廊下でミナトに迫られていたカヤを、助けてくれた時からだ。


「従順なはずのお前が、この国の民を軽視するような発言をするのも気にかかったし、何より……」

翠は一瞬言葉を途切れさせると、僅かにカヤに視線を送った。

「カヤは気が付いてないようだが、お前が祭事の日にカヤに渡した髪飾りと、ミズノエがカヤに贈ったと言う髪飾は、あまりにも酷似しすぎていた」

まるで元の髪飾を詳しく知っているみたいにな―――――そう吐き捨てられた翠の言葉に、全てを悟った。

だから翠は、あんは不自然とも言える横暴な命令を下してきたのだ。

カヤからミナトを遠ざけるために。


くつくつと笑い声が聞こえた。
ミナトは可笑しそうに肩を揺らしていた。

「へえ……で、今更ご丁寧に俺の出生を調べたって訳ですか」

「そういう訳だ。なかなかに骨が折れたよ。とは言え、大きすぎる収穫があった事だし、まあ無駄骨では無かったな」

チャキリ、と固い音がした。
持ち上げられた翠の刃先は、真っ直ぐにミナトを向いていた。

「ミズノエ。お前の目的は何だ?この十数年間、いくらでも私の寝首を掻くことは出来たろうに」

ギラギラと光る刃先に晒されながらも、ミナトは手の中の剣を構えようとはしなかった。

だらんと両腕を下ろしたまま、向けられている切っ先越しに、翠を静かに見据えている。

「貴女を葬った所で、まあ一時的に国は混乱するでしょうけど、また新たな神官が就けば意味が無い。それに自分で言うのも何ですが、この国の兵は俺の部下も含め、腕利きばかりなんでね。真向から一人で挑んた所で、犬死にするのが眼に見えている」


「ミナト様……」とカヤの背後で、ヤガミが呆然と呟いたのが聞こえた。

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