【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
恐怖すら感じる激しい熱気に言葉を失っていると、律がミナトに向かって叫んだ。

「ミズノエ!さっさと来い!」

カヤ達とミナトの間には、まるで図ったかのように炎の無い道が出来ていた。

ミナトは一瞬でこちらに走って来ると、信じられない、とでも言うような眼で律を見た。

「まさかお前が来るとはな!」

「礼は三倍にして返せよ!とにかく逃げるぞ!カヤを担げ!」

「ああ!」

立ち尽くすしか無かったカヤを、ミナトが乱暴に引き寄せる。

ぐるん、と視界が回って、気が付けばミナトの肩に担がれていた。

「やっ……離して!離してよ!」

――――連れて行かれる。

そう悟り必死に身を捩るが、ミナトの腕からはとても逃れられる気配がしない。


「馬を用意してある!走るぞ!」

「分かった!」

二人が走り出そうとした時だった。


「――――ミナトッ……ミナトー!」

轟々と燃え盛る炎の向こう側から、野太い声が響いてきた。

まるで条件反射のように、逃げ出そうとしていたミナトの足が止まる。

炎の壁の向こう側に、タケルは立っていた。

「ミナトッ……本当に全て偽りだったのか!?」

太い眉は、激しく歪んでいた。

今にも泣き出しそうな表情が、不本意にもミナトをその場に縫い付けているのが分かった。

「頼む、嘘だと言ってくれ!私はっ……私は、お前の事を、本当の弟のようにっ……」

ぐにゃり。
ミナトの顔もまた、激しく歪む。

「タケル様……」

苦しそうな声。ミナトの瞳が、明らかに大きく揺らいだ。


「ミズノエッ!急げ!」

鋭い律の言葉に、ミナトがハッと意識を取り戻す。

何度も呼ぶタケルの声を振り切る様にして、ミナトはまた走り出した。


ぐんぐんと炎が離れて行く。
屋敷が、翠が、安寧が、遠ざかっていく。

「ミナト、お願い、戻って!ミナト!ミナト!」

手足を大きくバタつかせながら、カヤは必死に訴えた。

カヤの身体が、ミナトの肩の上で危なっかしくぐらぐらと揺れた。

「おい、馬鹿、暴れんなっ……!」

「戻ろうよ!こんなの駄目だよ!ねえ、お願い!」

ミナトの背中をバシバシ叩いていると、ふ、と目の前に影が差した。

律が、カヤの顔を覗き込んでいた。

「律……お願い……」

ぼろぼろと涙を流しながら、懇願をする。

「お願いだから、戻ってっ……」

目の前の美しい人間に、縋る様に手を伸ばした。
律は、優しくカヤの手を握ってくれた。

温かい。こんなに温かな掌をしていると言うのに。
この人は、私をまたあの冷たいどん底に導くのだろうか。

「すまない、カヤ」

律は言った。
酷く申し訳なさそうな表情で、ただ一言。

「少し眠っていてくれ」

そんな言葉と共に、真っ白な腕が振り下ろされる。


あ、と思う間もなかった。

首の後ろに衝撃が走ったかと思うと、カヤの意識はそこでブツリと途切れた。

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