【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(……よし、今だ)
右手側に注意を向けつつ、ひたり、と廊下に足を踏み出した時だった。
「何処行く気だ」
「ひっ……!」
突如投げかけられた声に文字通り飛び上がった。
慌てて声のした方を見やれば、部屋の入口を出てすぐ左側の壁に背を預け、ミナトが座っていた。
いつの間に現れたのか、いや、違う、いつからそこに居たのか。
よもやミナトが居るなど夢にも思っておらず、カヤは絶句するしか無かった。
「なっ……なっ……」
危うく止まりかけた心臓を押さえ、口をパクパクさせていると、ミナトは溜息交じりに立ち上がった。
「オラ、戻るぞ」
腕を掴まれ、呆気なく部屋に戻される。
「座れ」
冷たい声で命じられ、カヤは言われるまま寝台に腰を下ろした。
気まずさと恐怖で、膝の上で握った拳に視線を落とす。
身じろぎもせず固まっていると、眼の前で仁王立ちしていたミナトが冷笑を落とした。
「はっ、成程な。見張りの交代を狙ったのは良い考えだ。隣の部屋の窓から逃げだすって案も悪くはねえ」
なんと言う事だろう。
あまり無いオツムで必死に考えた脱出方法は、あっという間にミナトに見破られてしまった。
唇を噛むカヤに、ミナトは追撃を放ってきた。
「けど無駄だぞ。夜間の見張りは増員してある。窓から逃げたとしても、前回みたいに誰にも見つからずに崖を下りれるはずがねえ」
それにな、と厳しい声はまだ続く。
「ついでに言うと隣は俺の部屋だ。こんな事もあろうかと鉄格子も付けてある。この条件で逃げ出せたら、俺はお前のこと尊敬するわ」
頑なに俯いていたカヤは、思わず顔を上げてしまった。
腕を組み、無に近い表情でカヤを見降ろしていたミナトと眼が合う。
隣がミナトの部屋だって?
そんな事、今初めて知った。
カヤを連れ去ってきた張本人が、ほんの隣の部屋に居るなんて。
対して居心地も良く無いこの部屋を、更に嫌いになってしまいそうだった。
しかも恐ろしい事に、その地獄とも言える部屋から逃げられる望みが、完璧なほどに断たれてしまった。
(私じゃ逃げられない)
強く悟り、不意に泣きそうになってしまったカヤは、再び深く俯く。
頭上からミナトが付いた仕方無さそうな溜息の音が聞こえた。
「早いところ諦めろ。それにお前、体調も崩しっぱなしだろ。さっさと治せや。んな青い顔して……」
まるで心配でもしてるみたいだった。
そんな声と共に、ミナトの指が伸びてくる。
「やっ……」
反射的に思い切り逃げた。
後少しで左頬に触れる、と言う所でその指はピタリと止まった。
空中で静止したそれは、やがてゆるゆると力無く持ち主の所へ戻って行く。
「……覚悟はしてたけど、えらい嫌われようだな」
低く、抑揚の無い声。
ミナトの顔を見れなかった。見たくなかった。
きっとそのせいだろう。
彼が怒っているのか、何も感じていないのか、はたまた悲しんでいるのか。
カヤにはもう、全然分からなかった。
右手側に注意を向けつつ、ひたり、と廊下に足を踏み出した時だった。
「何処行く気だ」
「ひっ……!」
突如投げかけられた声に文字通り飛び上がった。
慌てて声のした方を見やれば、部屋の入口を出てすぐ左側の壁に背を預け、ミナトが座っていた。
いつの間に現れたのか、いや、違う、いつからそこに居たのか。
よもやミナトが居るなど夢にも思っておらず、カヤは絶句するしか無かった。
「なっ……なっ……」
危うく止まりかけた心臓を押さえ、口をパクパクさせていると、ミナトは溜息交じりに立ち上がった。
「オラ、戻るぞ」
腕を掴まれ、呆気なく部屋に戻される。
「座れ」
冷たい声で命じられ、カヤは言われるまま寝台に腰を下ろした。
気まずさと恐怖で、膝の上で握った拳に視線を落とす。
身じろぎもせず固まっていると、眼の前で仁王立ちしていたミナトが冷笑を落とした。
「はっ、成程な。見張りの交代を狙ったのは良い考えだ。隣の部屋の窓から逃げだすって案も悪くはねえ」
なんと言う事だろう。
あまり無いオツムで必死に考えた脱出方法は、あっという間にミナトに見破られてしまった。
唇を噛むカヤに、ミナトは追撃を放ってきた。
「けど無駄だぞ。夜間の見張りは増員してある。窓から逃げたとしても、前回みたいに誰にも見つからずに崖を下りれるはずがねえ」
それにな、と厳しい声はまだ続く。
「ついでに言うと隣は俺の部屋だ。こんな事もあろうかと鉄格子も付けてある。この条件で逃げ出せたら、俺はお前のこと尊敬するわ」
頑なに俯いていたカヤは、思わず顔を上げてしまった。
腕を組み、無に近い表情でカヤを見降ろしていたミナトと眼が合う。
隣がミナトの部屋だって?
そんな事、今初めて知った。
カヤを連れ去ってきた張本人が、ほんの隣の部屋に居るなんて。
対して居心地も良く無いこの部屋を、更に嫌いになってしまいそうだった。
しかも恐ろしい事に、その地獄とも言える部屋から逃げられる望みが、完璧なほどに断たれてしまった。
(私じゃ逃げられない)
強く悟り、不意に泣きそうになってしまったカヤは、再び深く俯く。
頭上からミナトが付いた仕方無さそうな溜息の音が聞こえた。
「早いところ諦めろ。それにお前、体調も崩しっぱなしだろ。さっさと治せや。んな青い顔して……」
まるで心配でもしてるみたいだった。
そんな声と共に、ミナトの指が伸びてくる。
「やっ……」
反射的に思い切り逃げた。
後少しで左頬に触れる、と言う所でその指はピタリと止まった。
空中で静止したそれは、やがてゆるゆると力無く持ち主の所へ戻って行く。
「……覚悟はしてたけど、えらい嫌われようだな」
低く、抑揚の無い声。
ミナトの顔を見れなかった。見たくなかった。
きっとそのせいだろう。
彼が怒っているのか、何も感じていないのか、はたまた悲しんでいるのか。
カヤにはもう、全然分からなかった。