【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
―――――今のところ、翠側が何かしら動いた、と言う話は一切耳には入ってきていなかった。

ハヤセミがカヤの耳に届かぬよう話を止めているだけなのか、はたまた本当に何も起きていないのか。

しかし例え後者だったとしても、それは納得だった。

いくら神官の世話役と言えど、カヤ一人のために戦の引き金となるような挑発的な選択を翠が下すとは思えない。


とは言え、カヤは全く諦めていなかった。

絶望するには、まだまだ早い。

人形のように従順に命令を聴きつつも、虎視眈々と脱走の機会を狙っていた。


―――――そしてその好機は、思ったよりも早く巡ってきた。







静かな夜だった。

分厚い冬の雲に覆われ、月の光もほとんど無いような宵の中、カヤは鉄格子の隙間から外を伺っていた。

窓の外は、かつてカヤが死ぬ思いで伝った崖があり、更に下れば砦の裏手側の地面が広がっている。

すぐそこには森が広がっており、更に進めば大きな川が流れている。

翠の国にまで続いている川だ。

目の前の森からの侵入者を防ぐため、三人の兵が森沿いを絶え間なく歩いている。

やがて砦側から別の兵が現れ、見張りの兵達に近づいていくのが見えた。

きっと今から異変が無かったかどうかの報告を行い、そして見張りが交代するのだろう。


数日間、兵達の動きを観察していた結果、カヤはとある事に気が付いた。

不規則に思えていた見張りの交代だったが、三日に一度だけ丁度真夜中に行われるのだ。

これを逃せば、真夜中の見張り交代はまた三日後になる。
しかも今日は月も出ていない。絶好の脱走日和だった。


カヤは、忍び足かつ足早に部屋の入口へ向かった。


カヤの部屋には、どう頑張っても外れない鉄格子が付けられており、逃げる事は不可能だ。

しかし、カヤの部屋の左手側には一つだけ空き部屋がある。

まだ確認は出来ていないものの、さすがに隣の部屋には鉄格子はされていないのでは、とカヤは確かな期待を抱いていた。


だが隣の部屋と言っても、決して近い距離にあるわけでは無い。

砦は崖を切り開いて作られており、それぞれの部屋も固い岩をくり抜いて作られているため、部屋と部屋同士は非常に離れている。

長い廊下を移動している間に、見張りの兵に見つかる可能性も高まる。

そのため、見張り交代時に行われる報告の隙を利用しようと考えたのだ。


カヤは、音も立てずに入口に辿り着くと、そっと右手側を覗いてみた。

暗く長い廊下の先に、曲がり角がある。

通常ならば唯一の逃げ道だが、あの角を曲がった先に二人の兵が見張りに立っている事をカヤは知っていた。

暗闇に向かって耳を澄ますと、廊下の角からボソボソと小さな話し声が聞こえてきた。

思った通り、丁度兵達が見張りの交代を行っている最中に違いない。

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