【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「――――ハヤセミ殿。ひとまず今日は出直す」
「――――承知致しました。それでは外までお見送りさせて頂きます」
翠とハヤセミの声が、どこか遠くの方から聞こえた。
(ああ、翠が行ってしまう)
もう二度と顔を合わせて貰えないだろうから、最後に顔を見ておきたいのに。
けれど、項垂れ切った身体は言う事を聴いてくれない。
ぼんやりと床を見つめていたカヤの視界に――――ふわり、と白い衣の裾が入り込んできた。
ぐらぐらと揺れる頭を持ち上げれば、目の前に翠が立っていた。
彼の眼は、カヤでは無く右隣のハヤセミを見据えている。
「ハヤセミ殿。カヤに祝福の辞を述べても構わないか?可愛い世話役の懐妊なのでな」
「ええ、まあ構いませんが……」
ハヤセミの了承を得た翠は、呆けているカヤの目の前で、腰の剣を鞘ごと引き抜いた。
そして片膝を地に付くと、抜いた鞘を静かに地面に立てた。
「カヤ。新しい命の誕生、心よりお祝い申し上げる」
深くかしずいた翠は、カヤに向かって祝賀を唱える。
たおやかで、温かな声。
泣き叫んでいた心に翠の賛美が入り込んで、じわりと優しく滲んでいく。
「どうか身体に気を付けて。それから、くれぐれも無茶はしないように……カヤは少し元気が良すぎる所があるからな」
付け加えるように言った翠は、確かに笑っていた。
裏切ったとも言えるカヤに嘲笑いを向けているわけでも、ハヤセミの前だからと言って無理矢理に笑みを作っているわけでも無い。
とても素直に、とても清澄に。
カヤが一番大好きな笑顔を、彼は浮かべていた。
「今この時、私はこの剣に誓おう」
限界まで凍り切った心が、雪解けのように自由になっていく。
春の温かな日差しに照らされて、ゆっくりと、しかし確実に、愛しい人の元へ流れていく。
「どれだけ離れていようと、どれだけ時が経とうと、そなたの幸福を心から願い続けると」
地面に立てている剣の鞘を、翠がくるりと反転した。
反対側から現れた薄緑色の石を眼にし、呼吸の仕方を忘れる。
「毅然たる意志の光が、汝と共に在らん事を」
涙が溢れて、どうしようも無かった。
"―――――二人が共に在る事を忘れないために"
ああ、翠。忘れていない。わたし、忘れていないよ。
「……ありがとうございます。翠様」
翠から貰った、同じ石を持つ対の短剣。
固いその感触を確かめるように、胸元に手を置いた。
分かってくれたらしい翠が、一度だけ深く頷いた。
カヤもまた、小さく頷きを返す。
(何があろうと、私達は共にある)
それ以上の言葉など、一言も必要無かった。
「――――承知致しました。それでは外までお見送りさせて頂きます」
翠とハヤセミの声が、どこか遠くの方から聞こえた。
(ああ、翠が行ってしまう)
もう二度と顔を合わせて貰えないだろうから、最後に顔を見ておきたいのに。
けれど、項垂れ切った身体は言う事を聴いてくれない。
ぼんやりと床を見つめていたカヤの視界に――――ふわり、と白い衣の裾が入り込んできた。
ぐらぐらと揺れる頭を持ち上げれば、目の前に翠が立っていた。
彼の眼は、カヤでは無く右隣のハヤセミを見据えている。
「ハヤセミ殿。カヤに祝福の辞を述べても構わないか?可愛い世話役の懐妊なのでな」
「ええ、まあ構いませんが……」
ハヤセミの了承を得た翠は、呆けているカヤの目の前で、腰の剣を鞘ごと引き抜いた。
そして片膝を地に付くと、抜いた鞘を静かに地面に立てた。
「カヤ。新しい命の誕生、心よりお祝い申し上げる」
深くかしずいた翠は、カヤに向かって祝賀を唱える。
たおやかで、温かな声。
泣き叫んでいた心に翠の賛美が入り込んで、じわりと優しく滲んでいく。
「どうか身体に気を付けて。それから、くれぐれも無茶はしないように……カヤは少し元気が良すぎる所があるからな」
付け加えるように言った翠は、確かに笑っていた。
裏切ったとも言えるカヤに嘲笑いを向けているわけでも、ハヤセミの前だからと言って無理矢理に笑みを作っているわけでも無い。
とても素直に、とても清澄に。
カヤが一番大好きな笑顔を、彼は浮かべていた。
「今この時、私はこの剣に誓おう」
限界まで凍り切った心が、雪解けのように自由になっていく。
春の温かな日差しに照らされて、ゆっくりと、しかし確実に、愛しい人の元へ流れていく。
「どれだけ離れていようと、どれだけ時が経とうと、そなたの幸福を心から願い続けると」
地面に立てている剣の鞘を、翠がくるりと反転した。
反対側から現れた薄緑色の石を眼にし、呼吸の仕方を忘れる。
「毅然たる意志の光が、汝と共に在らん事を」
涙が溢れて、どうしようも無かった。
"―――――二人が共に在る事を忘れないために"
ああ、翠。忘れていない。わたし、忘れていないよ。
「……ありがとうございます。翠様」
翠から貰った、同じ石を持つ対の短剣。
固いその感触を確かめるように、胸元に手を置いた。
分かってくれたらしい翠が、一度だけ深く頷いた。
カヤもまた、小さく頷きを返す。
(何があろうと、私達は共にある)
それ以上の言葉など、一言も必要無かった。