【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ガッ、と左肩を押さえられ、カヤはその場にがくん、と膝を付いた。

「私です」

カヤの肩を押さえ付けながら、ミナトがきっぱりと言った。


「なっ……」

「そうだよな?琥珀」

否定しようとした時、左肩を掴むミナトの指に力が籠った。

痛い程にカヤを掴んでくる彼の眼は、まるで何かを警告してくるかのように鋭い。

"余計なこと言うなよ"と釘を刺してきたミナトの思惑が、ようやく分かった。

きっとミナトは予測していたのだ。

翠を前にして、カヤが冷静で居られるはずが無い、と。

感情に負けて、腹の子の父親が翠だと口を滑らせてしまうのでは、と。

――――――だからミナトはハヤセミに嘘を付いてまで、カヤをこの場に同席させまいとしたのだ。



「クンリク様?どうされたのですか?」

ミナトと眼を合わせたまま固まっているカヤに、ハヤセミが訝し気に声を掛けてくる。

ミナトの瞳が『良いから頷け』と訴えかけてきていた。

でも翠の目の前で肯定するなんて事、カヤの心が赦すはずも無い。

背後からハヤセミからの視線、そして視界の右端からは翠の視線を感じながら、どうすれば良いのか必死に考えを巡らせる。

「……腹の子は貴女とミズノエの子では無いのですか?」

完全に怪しんでいる声がハヤセミの方から聞こえてきた時、カヤはもう決断するしか無かった。

「っ、い、え……間違い、ありません……」

情けない程に震えた言葉を、必死に唇から紡ぐ。

ここで肯定しなければ翠に迷惑が掛かる。

カヤは自分の心、そして翠の心よりも、神官としての彼の立場を優先する方を選んだ。

ミナトからゆっくりと顔を背け、泣きそうになりながら目の前に視線を戻した。

傷付いた翠と眼が合って、ぎゅうっ、と心臓が縮みあがる。


(翠。ねえ、翠)

「この子は、わたしと……ミズノエの子です……」

――――――ごめん、なさい。




「……翠様?」

あまりにも翠が長い間黙り込んでいたため、タケルが恐る恐る声を掛けた。

彼は恐ろしいほど無表情に、身じろぎ一つせず座っていた。

「……良く分かった」

気を付けなければ聞き逃してしまいそうな小さな声で、翠は納得の言葉を吐く。

カヤは、頭の上から何かとてつもなく大きな物に押し潰されたような感覚になった。

ガクガクと全身が震え、危うくその場に倒れ込みそうになる。

酷い眩暈がした。

こうなると分かっていて偽りを口にしたくせに、この世の終わりかと思えるほど、カヤの心は絶望に落ちきっていた。

(……す、い……)

この世で一番嫌われたくない人に、一番嫌われたくない形で嫌われた。

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