【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「――――――本気で言ってるの?」

低い声で呟いたカヤに、ミナトが僅かに身じろいだ。

「それ、どういう意味か分かってるの?一生嘘を付き続ける事になるんだよ」

「……言っただろ。俺はお前を嫁にするって」

抱き締める力を全く緩める事無く、ミナトが言う。
彼の腕の温度は、驚いてしまうほどに熱かった。

「そのために俺は何もかも偽って生きてきた。単純にこれからも同じ事が続くだけだ。例え腹の子が俺の子じゃないとしても――――俺は一生、この嘘を貫き通してみせる」

ざわり、と心が波打った。

ミナトの覚悟が、ひしひしと皮膚から伝わってくる。
彼は間違いなく腹を括っていた。

幼い日の約束を叶えるため、ずっとずっと泥濘に足を取られ、ずっとずっと本当の自分を隠し続けてきたミナトは、これからも同じ道を行くつもりだ、と。

確かにそう言っていた。


「……ふざけないで……」

声がわなわなと震えていた。

カヤは心底激怒していた。そしてそれと同じくらい、悲しんでいた。

「ふざけるな、馬鹿ミナト!」

渾身の力で腕を振りほどいたカヤは、ミナトを振り向いた。

「全っ然嬉しくない……!そんなもの、尚更要らないっ……!」

衝撃を受けているその顔が、あっという間に涙で強く滲む。

咄嗟に懐に右手を突っ込んだカヤは、隠し持っていた短剣を引っ張り出すと、鞘から引き抜きミナトに突きつけた。

「そこ退いて!退かないなら斬ってでも出てってやる!」

ボロボロと泣きながら叫べば、仰天したように眼を見開いたミナトが、一歩後ずさった。

「お、まっ……何処にそんなもんを……」

「何処でも良いでしょ!早く退いて!」

脅すように切っ先を近づけると、また一歩ミナトが後退する。

「いやいや、落ち着け!何する気だ!」

カヤを落ち着かせようと両手を上げるミナトは、腰に差さっている自分の剣を抜く気配すら見せない。

それがどうにも腹立って、心を決めたカヤは短剣を、ぐっと引いた。

「こんな馬鹿げた事、今すぐに終わらせる!」

喚き散らした後、無防備なミナトに向かって思いっきり刃を突き立てた。

ミナトの腹に真っすぐ向かっていった短剣は、身を捩った彼に避けられ、ビュッと空を斬る。

横に飛び退いたミナトを追うようにして、カヤはまた斬撃を繰り出した。

「っ、おい、やめろっ……やめろって、琥珀!」

カヤの攻撃を癪に障るほど完璧に避けながら、ミナトが叫んだ。

そんなものには一切耳を貸さず、カヤは我武者羅にミナトに向かっていく。

「っねえ、どうして……貴方はいつも、いつもっ……!」

本当に大馬鹿だ。
他人に優しいくせに、自分が傷付くことに関しては、そんな平気な顔なんかして。

「一生がどれだけ長いか分かってるの!?一生の間に、どれだけミナトが辛い思いするか分かってるの!?」

腹の子の父親になる覚悟は出来てる?
一生、嘘を貫き通してみせる?

それで私に、息をする度に傷つく貴方を黙って見ていろとでも言うのか?
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