【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤが唇を尖らせていると、不意に背後の木立がガサガサと激しく揺れた。

「カヤッ!」

途端、そこから勢い良く翠が飛び出してきた。

「あ……翠様……」

「どうしたんだ!?大丈夫か!?」

彼は脇目も降らずに駆け寄って来てくると、カヤが何かを言う間も無く肩に掴みかかってきた。

「何があった!?痛みが増したのか!?」

「いえ、あの、違うんですっ……」

膳が居るため必死に『翠様』と『世話役』を演じようとするが、焦っているらしい翠は、そんなカヤの思いどころか、膳の存在にすら気が付かない。

「違う!?まさか産気付いて……!?」

「っもう!違うの!違うんだってば!」

要領を得ない会話に業を煮やしたカヤは、翠の両頬を掴むと、えいっと左を向かせた。

呆然と翠を見上げている、囚われの膳に、だ。


「……膳!?」

一瞬黙った翠は、次の瞬間には眼を丸くした。
しかし、それ以上に驚いているのは確実に膳の方だった。

「す、翠様……?そのお姿は……」

慄いたような視線が、翠の頭のてっぺんから爪先まで、ゆっくりと移動する。

翠様がするような美しく着飾った恰好では無く、ただの男の人がするような、その簡素な出で立ちを、隅から隅まで。

ただ、恰好だけなら、まだ誤魔化しようがあったかもしれない。

「それに……その声は……ま、まさか……男……?」

完全に素の声を出していた翠に、膳は否が応でもその真実に気が付いてしまったようだ。



「翠様っ……!ああ、やっと追いついた……!」

その時、翠が飛び出てきた茂みから、疲弊したような様子のタケルとミナトが現れた。

一瞬遅れて、ヨタヨタした足取りの弥依彦も姿を現す。

時間差から見るに、どうやら翠は恐ろしいほどの速度で戻って来たらしかった。

「……って、膳では無いか!お主、何故ここに!?」

タケルもミナトも、目の前の状況を見て驚愕した表情を浮かべた。


カヤは、律と一緒に待っていた所、偶然にも膳と出会った事を説明した。

「それから……あの、翠が男だと言う事を……知ってしまったようでして……」

カヤは、おずおずと最後に付け足した。
目に見えて冷え込んだ空気の中、律が口を開く。

「カヤが止めたから殺さないでおいたが、口封じはするべきだろう。始末なら私がするぞ」

確かに膳を生かしておけば不都合しか無い。

カヤ達一行が手を組んで砦から脱走した事、そして翠が男だと言う事が、色んな方面に露見してしまう可能性があるのだ。

その場の全員が、自然と翠を見た。


「良い。お前は何もするな」

静かに言った翠は、膳の方に歩み寄りながら腰の剣を抜いた。

ギラリと光るその切っ先を、膳が恐れを成したように眼で追う。

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