【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠は膳の傍らに腰を下ろすと――――

「すまなかったな、膳」

膳を拘束していた縄を、剣で斬り始めた。


「おい、馬鹿野郎!何してるんだお前は!?」

律が叫んだ。

「見れば分かるだろ」

淡々と答えた翠は、何重にも膳の体に巻かれていた最後の縄を斬り落とした。

晴れて自由の身となった膳だが、現状を理解しきれないようで、戸惑った面持のまま翠を見つめている。

翠は膳の傍らに膝を付きながら、なんと、ゆるりと頭を垂れた。

「膳。母上の時代から忠実に仕えてくれたお前に誤った道を進ませてしまって申し訳なかった。お前の行いを止められなかったのには私にも責任がある。ずっと心残りに思っていたが、少なくともこうして生きて再会できた事を、嬉しく思っているよ」

しっかりとした口ぶりで、しかし穏やかに言った翠は、顔を上げた。

「それから、お前の娘も……クシニナも元気でやっているよ。お前もどうか達者でな。長きに渡り私に仕えてくれた事、心から感謝する」

最後にもう一度深々と頭を下げた翠は、ゆっくりと立ち上がった。

ぽかん、とした表情の膳は、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

何を言って良いのか、自分でも良く分からない様子だ。


「あの……もしやとは思いますが、その娘は身重なのですか?」

やがて膳が口にしたのは、予想外にもカヤに関する質問だった。

「ああ、そうだが……」

「……察するに……父親は貴方様でございますか」

翠が無言で頷くと、膳は大きく息を呑んだ。

「なんと……」

「内密にしてくれると助かる。そうでなければ、次に会った時に今度こそお前を殺めねばならない」

そう言った翠は膳に背中を向けると、カヤに近づいてきた。

「行こう、カヤ」

優しく促され、頷く。
そうして二人が歩き出そうとした時だった。

「っお、お待ちください、翠様!」

去ろうとした一行を呼び止めたのは、膳であった。

「この先にしばらく村らしい村はありませんっ……もし宜しければ、我が村へお越しください」

その申し出に、カヤだけでなく翠も驚いたようだった。

今すぐにもでこの場を逃げ出したいであろう膳が、よもやカヤ達を村に引き入れようとするなんて。

「いや、しかし……」

「村と言いましても、共に逃れた家臣数人とその家族が住む、ほんの数世帯のみの集落でございます。それに、見たところその娘には、ゆっくりと休める場所が必要かと存じます」

「まあ、確かにな」と、翠が考える素振りを見せる。

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