【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……生きてね、ミナト」

精一杯しっかりと言ったつもりだったが、やはり声は大きく震えてしまった。

「ああ、生きるよ」

それでもミナトは笑ってくれる。
揺るぎの無いその笑みを返してくれたのが、唯一の救いだった。

ミナトは見送っているカヤ達に向かって深々と一礼をし、そうして森の中へ消えて行った。



生きている人間の数だけ道があって、それらは複雑に重なり、離れてはまた重なってを繰り返す。

己の道は己の足で進むしか無いが、命があれば、そして強い意志があれば、きっと何度だって会えるだろう。

誰もが目指す世界の果てで、また笑い合えるに決まっている。


(だからどうか、その日まで)

大切な人よ、健やかに。


















「身体冷えるぞ」

庭沿いに伸びる廊下に座って頭上の月を見上げていると、肩にふわりと衣が掛けられた。

「ありがと、翠」

礼を言うと、翠が隣に並んで腰を下ろしてくる。
二人はしばらく物言わぬ夜空を静観した。

誰もが寝静まっているのか、聴こえてくる音は何も無い。

耳を澄ませば、降り注ぐ月光の波音が聞こえてきそうな程、集落は静けさに包まれていた。

カヤは翠に寄り添うと、その肩に静かに頭を置いた。

「……寂しいか?」

翠が顔を覗き込んでくる。

うん、とも、ううん、とも付かない曖昧な返事を喉から絞り出す。


翠は寄りかかっていたカヤの額に、静かに唇を触れさせた。

髪越しに感じた柔らかなその感触にゆっくり頭をもたげると、今度は顎を引き寄せられる。

信じられないほどに優しい口付けだった。

たったそれだけの事で、この人はどうあっても私の味方で居続けてくれるのだと、呆気なく分かるほどに。


そっと唇を解いた翠は、カヤをぎゅっと抱き締める。

この世で一番安心出来るその居場所を、眼を閉じて全身全霊で感じた。

なぜなら、カヤには予想出来ていた。

「なあ、カヤ」

「うん」

「俺も、明日此処を発とうと思う」

「……うん」

翠までもが行ってしまうのだと言う事を、どうしても。

閉じた瞼の裏側で、眼球が潤いを増して行く。

やがてそれは雫となり、眼尻の方から弱々しく押し出されてしまった。
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