【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「これからこの国がどうなっていくか、正直予想しきれない。必ず途方も無い波に呑まれると思う。俺も、民も。もしかしたら……カヤも」

そうだね、と返す。

長く和平が続いてきたこの国で、今後大きく歴史が動くだろう。

その先にあるのは更なる安寧か、はたまた波乱か。

どちらに転がるかは、全て翠の采配に掛かっている。


「けれど、俺は必ずこの国を安泰な国にしてみせる。これから産まれてくる子供たちが、何の心配も無く笑っていられるような、そんな国に」

待ち受けている苦難を物ともせずに、翠は凛と背を伸ばしていた。

「だから、どうか此処で待っていて欲しい」

「うん……勿論だよ」

彼の傍らを望むのならば、カヤもまた強く在り続ける必要があった。

大きく頷いたカヤに、翠は安心したように息を吐く。


それから翠は、抱き締めていたカヤの身体を放すと、少し睫毛を伏せた。

「後、ちゃんと言ってなくて申し訳無かったんだけど……」

「ん?なに?」

首を傾げると、翠はカヤの両手を包み込んだ。

下を向いていた瞳がゆっくりと上げられ、真剣な眼差しがカヤを捕らえる。


「全てが終わったら、正式に俺の妻になってくれないか」


じぃん、と頭の中が白く滲んで、呼吸の仕方を忘れてしまった。


「つ、妻に……?私が……翠の……?」

一瞬で乾いてしまった喉から出てきたのは、馬鹿みたいに擦れた声だった。

驚きのあまり見事に呆けてしまい、そしてカヤのその態度は、どうやら翠の不安を煽ってしまったらしい。

「あ、いや、まあ勿論無理にとは言わないし……カヤが嫌じゃなければの話だけど」

気まずそうに視線を泳がせた翠を見て、悟ってしまった。

ああ、そのたった一言を、きっとこの人は緊張しながらカヤに告げたに違いない。

これほど答えが決まり切っている質問など、あるはずが無いのに。

「うん、分かった」

丁寧丁寧に、頷く。


「"その時"を、心待ちにしています」

万遍の笑みを浮かべてそう言ったカヤに、翠もまた心底嬉しそうに頬を緩めたのだった。



幸せな終焉の日は永遠に来ないかもしれない。

代わりに、降りしきる絶望に泣き叫ぶ日が来るかもしれない。


それでも耐え忍んで見せよう。

その苦しい過程は、しかしながら歪に光る宝石を、より一層輝かせるに違いないから。







こうして二人は変革の荒波に飛び込む事を決意した。

翠とカヤが出会って丁度一年が経った頃の、とある春の夜の事であった。



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