【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「蒼月はこの国の希望なのでございます。ひいては、この老いぼれの希望でもあるのです。この身を犠牲にしてでも大切にしたいと思う理由は、それで十分でございましょう」

人知れず息を呑む。

けれどそれは、蒼月がはしゃぐ声によって掻き消され、気付かれる事はなかった。



(私だけ……)

なんて事なのだろう。

翠も、膳も、そしてきっと他の皆も、蒼月が神官になってこの国を治めるのだと信じて疑っていない。

考えていないのは、カヤだけだった。

我が子可愛さに現実から目を逸らし続けていたのは、一番に蒼月の将来を考えなくてはいけないはずの、母親であるカヤだけだったのだ。



「……カヤ?」

黙り込むカヤに気が付いたのか、翠が気遣わし気に声を掛けてきた。

「――――……失礼致します、翠様。膳様の包帯を変えたいのですが、よろしいでしょうか?」

と、丁度その時、両手に薬瓶や包帯を抱えたユタが姿を現した。

「ああ、頼む。ほらおいで、蒼月」

翠が膳の膝の上に座っていた蒼月を持ち上げ、立ち上がった。

「それじゃあ膳、ゆっくり休んでくれ……さ、カヤ。俺達は行こう」

「あ、うん……」

翠に促され、慌てて立ち上がったカヤは、その場を後にした。





「なあ、カヤ」

部屋から遠ざかっていく道中、翠が口を開いた。

「膳は、ああ言ってくれたけれど、俺は母親であるカヤの気持ちを優先したいと思ってるよ」

カヤは驚き、思わず立ち止まってしまった。

それに合わせるように、翠もまた足を止め、カヤに向き直る。

「カヤが望まないのなら蒼月を神官にするのは止そう。ごめんな。カヤの意見も聞かずに、あんな事言って」

翠らしい穏やかな口調だった。

けれどカヤは思った。
翠は本心からそれを言っているのだろうか、と。

翠と激しく口論をしたあの夜の事を思い出す。

簡単に変えられるような意見なら、初めからカヤに改まって打ち明けたりしないのでは無いだろうか。



「でも……それで大丈夫なの?」

「ん?」

翠が優しく首を傾げる。

「蒼月が神官にならなかったら、跡継ぎはどうなるの?」

彼の真意を探ろうと、その目を真っ直ぐに見つめながら問う。

「カヤは気にしなくて大丈夫だ」

けれど翠は全てを締め出すかのように笑った。

「どうにかなるよ」

そう言って、そして眉を下げて。


――――嗚呼、嘘だ。どうにかなる訳が無いのだ。

それが分かってしまった瞬間、心が鉛を抱え込んだかのように重くなった。

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