【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「しかもそれだけじゃねえ。ハヤセミ様は、必要ならば翠様も葬れと……」

「そ、んな……」

信じがたい言葉に、カヤは遂に返事も出来ず固まってしまった。


「成る程な。いよいよ俺が邪魔になったか」

そんなカヤとは正反対に、翠はハッと嘲りを吐いた。

たった今、自分の命が狙われている事が分かったはずなのに、翠の表情には微塵の恐怖も感じられない。

「……カヤも蒼月も、絶対に渡したりなんかしない」

その代わり、そう呟いた翠の目が完全に据わっている事から、彼が静かに憤怒しているのが良く分かった。



「タケル。川の様子は分かるか」

翠が鋭く言い放った。

「先程確認したところ、かなり水位が上がってはいますが、あと二日ほどは持ちこたえそうです」

タケルはすぐさま答えた。

「もう交渉の余地も無い。川が氾濫するまでの二日以内にハヤセミを討つ。夜明けと共に出陣しよう。準備を頼む」

「承知いたしました」

深く頷き、足早に洞窟を出ていったタケルを見送る間も無く、翠が蔵光に向き直った。

「蔵光殿達は、引き続き砦に潜り込んでミナトを奪還する機会を伺ってくれないか」

「分かりました。何人かは護衛に置いてくんで、好きに使ってやって下さい」

「感謝する」

蔵光もまた、タケルの後を追うようにして慌ただしく洞窟を出ていった。


「翠……?」

重苦しい空気の中、不安な気持ちと共に彼を呼ぶ。

二人が出ていった洞窟の出口をじっと見つめていた翠は、カヤに顔を向けると、口元を小さく上げた。

「カヤは休んでいてくれ。大丈夫だ。何も心配する事は無いよ」

そう言って翠は、まるで安心させるかのように頭を撫でてくれたけれど、胸に渦巻く強烈な不安感は少しも拭われなかった。



止まない雨。
蒼月の不吉なお告げ。
囚われたミナト。
臥せっている律。

そして、明日の朝には出陣してしまう翠。


(嫌な予感がする……)

なぜならカヤは知っていた。

大切なものほど、呆気なく掌から零れ落ちていってしまう事を。


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