【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「っま、」

待って、と言おうとした時、ハヤセミの肩越しに、蒼月が小さな手をこちらに伸ばしたのが見えた。


「かかぁ……」

なんて弱々しい声。

縋るようなその声に呼ばれた時、わっ、と何かが込み上げてきて、息が止まりそうになった。


(蒼月)

どれだけ言う事を聞いてくれなくても、どれだけ我儘ばかりでも、やっぱりカヤは、どうしようも無い程に蒼月が愛おしかった。

否。最早そう言う次元の話では無かった。


蒼月は、まるでカヤ自身だった。

だって、連れて行かれる蒼月を見て、まるで自分の半身が無理やりに引き千切られたように痛んだのだ。


(もう奪わないで)

どうか、どうか、私の生きる意味を、これ以上奪って行かないで。

もう私には、その子しか残っていないの。



―――――ぶちり、と、頭の中で何かが千切れた音が聞こえた。




「ハヤセミィィィィ!」

懐に隠し持っていた短剣を一瞬で抜き捨てたカヤは、次の瞬間にはハヤセミに向かって刃を突き立てていた。

「っ、!」

ビュッ!と、切っ先がその首に突き刺さる刹那、ハヤセミが紙一重の所で身を捩った。

空を切った刃をすぐに構え直し、カヤはハヤセミに向かってあらんかぎりの大声で叫んだ。

「蒼月を返せ!今すぐに!じゃなきゃお前を殺してやるッ!」

すぐさまカヤから距離を取ったハヤセミは、頭に血が昇るあまり、肩で息をしているカヤを見て、ふっ、と笑った。

「おやおや。婚礼を控えた花嫁とは思えない形相ですねえ」

「うるさい、黙れ!良いから早く蒼月を離せ!」

あまりにもカヤの形相が凄まじかったのか、ハヤセミの後ろで待機していた兵が、前に進み出た。

「ハヤセミ様、お下がりを――――」

「いや、良い」

それを制したハヤセミは、蒼月を兵に渡し、下がっているように指示した。

「……昔から貴女は私を殺したがっていましたね」

こちらに歩を進めながら、ハヤセミは剣を抜く。

「良いでしょう。それで貴女の気が晴れるのなら、私を殺しなさい」


カヤと真っすぐに対峙し、ハヤセミが剣を構えた。

カヤもまた、ぐっと姿勢を落とし、迎え撃つ体制を取る。


(この男を……殺せる……)

ドクン、ドクン、と鼓膜のすぐ横で鼓動が鳴り響いているのが分かった。

身体中がとても熱い。
全身を興奮が駆け巡り、カヤの血液をぐつぐつと沸騰させていくようだった。



"――――誰か居ないのかよ、殺したい奴"

そう言えば、いつだったかミナトにそんな質問をされた事を思い出した。

そんな人居るわけが無い、と、そう思ったけれど、あの時たった一人だけ浮かんだのだ。

憎くて憎くてどうしようもない、たった一人の存在。


(私は、この男を)

―――――この世で唯一、この男だけは殺したい、と。




「っ、うぁああぁあああ!」

絶叫と共に刃を振り下ろせば、一瞬で反応したハヤセミの剣に阻まれた。

ガギィンッ――――刃が弾かれると同時、右手にビリビリッと衝撃が走る。

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