【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「婚礼の儀の前に、一つ喜ばしい報告がある」

そんなハヤセミの言葉を合図にして、聖堂の横手側から人ごみを掻き分けて一人の兵が現れた。

兵の姿を眼にした瞬間、カヤは思わずギクリと身じろぎした。


「蒼月っ……」

その腕の中には『人質』と化した我が子の姿があった。


隔離されている間、蒼月が酷い目に合っていないか心配で心配で堪らなかったのだが、幸いにも怪我などは無く、至って普段通りの様子だ。

それどころか誰かから与えられたのか、その手には果実が握られている。

それをもぐもぐと食べながら、キョトンとした顔で辺りを見回している蒼月を見て、カヤはひとまず安堵の息を吐いた。


兵に抱かれながら祭壇に近づいてくる蒼月を眼にし、聖堂の中のざわめきが徐々に広まっていく。

誰もが驚きの表情で、蒼月とカヤを交互に見比べていた。

蒼月の金の髪が、カヤの髪と全く同じものだと気が付かない者は居ないようだった。


「かか!」

カヤの姿に気が付いた時、蒼月が無邪気な声を上げた。

「蒼月っ……」

思わず駆け寄ろうとしたカヤだったが、兵は無情にもカヤから遠ざかり、ハヤセミに蒼月を手渡した。

ハヤセミが、ほんの目の前でカヤの代わりに蒼月を抱き上げるのを見て、首の後ろの毛が逆立った。


ハヤセミは蒼月の両脇を抱えながら、聖堂中の人間にその姿が見えるよう、高々と掲げる。

「この御子は、クンリク様とミズノエの間に産まれた子供だ。名を『蒼月』と言う」

ざわめきが、更に大きくなった。

奥歯を噛みしめながら、じっと耐えているカヤの目の前で、ハヤセミは続ける。

「言うまでも無いが、クンリク様は神の娘――――その神の娘と我が弟ミズノエは、喜ばしいことに既に心を結び、こうして子を成していた。そして今宵、二人はようやく正式な夫婦としても結ばれる事となる。お集まり頂いた皆には、この歴史的な瞬間の立会人となって頂きたい!」

ハヤセミが高らかにそう告げると、聖堂の中に大きな拍手が鳴り響いた。

拍手と並び、あちこちから幾つもの声が挙がる。

全てを正確に聞き取る事は出来なかったが、どうやらカヤ達を祝福する声のようだった。


酷く奇妙な気分だった。

人生で一番他人からの祝福を受けているにも関わらず、当の本人からすると、これっぽっちもめでたくないのだ。

いつまでも鳴りやまなそうな拍手に気分が悪くなってきた頃、ハヤセミが手を挙げた。

それを合図に、耳障りだった拍手も賛辞の声も、一瞬で鳴りやむ。
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