【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
再び静寂を取り戻した聖堂の中、ハヤセミが言った。

「それでは、いよいよ誓いの儀を行いましょう」

その言葉と同時、近くに待機していた兵が、ハヤセミに恭しく何かを差し出した。

赤い布が敷かれた薄い台座だ。

そこには小さな丸い輪っかが二つ乗せられている。

二つの輪には、大きさは違うものの、見事に光る琥珀色の宝石が付いていた。

―――――指輪だ。


この国では夫婦になる者が、一つの原石から採れた宝石を指輪に付け、それぞれ身に付ける風習がある。

とは言え、普通は米粒ほどの石でもなかなか手が届かないものだ。

ハヤセミが用意した石は、カヤの爪の大きさほどもあった。

カヤにこんな物を身に着けさせたところで、結局は半分人質のようなものなのに、一体何の意味があると言うのか。


苦々しい気持ちで指輪を見下ろしていると、隣に立っているミナトに、ハヤセミが台座を差し出した。

「ミズノエ。クンリク様の指輪を手に取るのだ」

ミナトは、だらんと垂れた己の腕を上げようとしなかった。

あまりにもミナトが身じろぎしないので、カヤは思わず隣を見やった。

彼は、まるで石のように硬直していた。

「さあ、ミズノエ」

ハヤセミが、先ほどよりも声を張り上げた。

ミナトはようやく手を上げると、のろのろとした手つきで指輪を持った。


「私の詠唱後、誓いを宣言し、クンリク様の指に嵌めるのだ」

そんな弟を注意深く見据えながら、ハヤセミが迷いの無い声色で言う。

ミナトは返事をする事も無く、手の中の指輪を呆然と見降ろしている。

「汝、ミズノエ。この者を妻として娶り、生涯に渡り愛し、心を繋げ合うと誓うか」

様子が可笑しいミナトが気になり、カヤはハヤセミの詠唱を半分しか聞いていなかった。

しかしながら、恐らくミナトに至っては、これっぽっちも聞いていないようだった。


「……ミナト……?」

カヤは小声で彼を呼んだ。

ミナトは相変わらず指輪を見下ろしたまま、ピクリとも動かない。

その辺りで、参列者もミナトの様子が変な事に気が付いたらしい。

彼を不審がる声があちこちで囁かれ、それが重なって聖堂は俄かにざわつき始めた。


「ミズノエ、誓うか?」

ざわめきを掻き消すように、ハヤセミが先程よりも随分大きな声で言った。

明らかに苛立っている様子が伝わってくるが、それでもミナトは動かない。

「ミナト……お願い、言って……」

必死に囁きながら、ミナトの腕を小突く。

「ミズノエ!誓うのだ!」

目の前のハヤセミが、遂に語気を荒げた時だった。


「――――……え、ません」

ミナトが、ぼそりと呟いた。


「……何だと?」

ハヤセミが眉を寄せる。

たった今、隣から聞こえてきたその言葉に、カヤは驚愕しながらミナトを見つめた。
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