【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤの聞き間違えでなければ、ミナトは確かに言ったのだ―――――


次の瞬間、俯いていたミナトが勢い良く顔を上げた。


「誓えないと言ったのです!」

鋭い声が、聖堂に満ちていた困惑の空気を、大きく震わせた。


「こいつを幸せにするのは俺じゃない!俺は、こいつが幸せにならない道は絶対に選ばない!」

「……ミズノエ。静粛にするのだ」

窘めるハヤセミに迫る様にして、ミナトが更に叫ぶ。

「兄上!この婚姻の儀には何の意味もありません!早急に中止し、すぐに国境の兵を撤退させて下さい!そうでなければ川が氾濫――――」

「口を閉じろと言っているだろう」

ハヤセミの声は、ミナトのそれよりとても小さいものだったが、カヤの背筋をぞっとさせるには十分だった。

蛇のような鋭い双眸が、確かな激怒を纏ってミナトを射る。

一瞬狼狽えた様子を見せたミナトだったが、それでもハヤセミの気迫を押し返すようにして再び叫んだ。

「早くご決断をされなければ、手遅れになってしまいます!どうか、兄上っ……!」


三度目のミナトの抵抗を、ハヤセミはもう許そうとはしなかった。


「――――黙れ、愚か者!」

遂にハヤセミが怒鳴った。

ミナトを脅して黙らせようとしたのか、ハヤセミの反射的に剣に伸びる。

カヤは飛び上がりそうになった。

ハヤセミの片腕の中には蒼月が居るのだ。

その状態で剣を振るわれでもしたら、幾らなんでも危険すぎる。

「やめっ……」

"やめて"と言う叫びが喉まで出かかった時、


「―――――そこまでだ!」


カヤでもミナトでもハヤセミでも無い声が、聖堂に響き渡った。


「きゃあ!」と誰かが悲鳴を上げ、「ハヤセミ様!」と兵が叫んだ。

カヤもミナトも、そしてハヤセミも一斉に動きを止めた。


「……や、」

カヤもミナトも、その人物の姿に釘づけになった。

「弥依彦……?」

いつの間にか、ハヤセミの背後には弥依彦が立っていた。

しかしながらカヤ達が驚いたのは、それだけが理由では無い。

弥依彦の手の中には小さな刃が握られ、そしてその切っ先は、ハヤセミの喉元にピタリと当てられていたのだ。


一体何が起こっているのか、カヤにはさっぱり分からなかった。

カヤ達を裏切り、あちら側に就いたはずの弥依彦が、なぜハヤセミに刃を向けているのだ?


「ぜ、全員動くな…!それ以上近づけば、こいつを斬るぞ!?」

祭壇に向かってきていた兵達に、弥依彦が言い放った。

主を助けるため、こちらに向かってきていた兵達は、思わず、と言ったように急停止する。
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