【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
互いが互いに驚いたように、数秒間二人は無言で見つめ合った。


「……え?」

もう一度戸惑いの声を口にすると、

「悪い。なんでもない。気にするな」

翠が慌てたように謝罪を口走り、カヤから眼を逸らした。

どう見ても"なんでもない"ような様子では無かった。

「ごめん、何か気に障った?」

「いや……少し吃驚して」

「……何が?どれが?」

カヤの質問に視線を彷徨わせた翠は、無意識のように自分の頬に触れた。
そこは、先ほどカヤが触れた箇所だ。

「もしかして触られるの嫌だった……?」

おずおずと尋ねると、翠は「そうじゃない」と間髪入れずに答えた。

それから自分を落ち着けるように呼吸をして、ようやくカヤと目線を合わせた。
先ほど揺れていたその瞳を隠すような、できそこないの笑顔で。

「あんな風に触られる事は滅多にないから、驚いただけだ。ごめんな」

そうやって、困ったように眉を下げる。


しまった、と思った。
なぜ何も考えずに翠に触れてしまったのだろう。

いくら翠がお世話役として傍に置いてくれたとは言え、さすがに距離を詰めすぎた。

(どのあたりが普通の距離なんだろう……)

ここだよ、と教えてくれる印があれば良いのに。



「……私がごめん」

ぽつりと謝ると、翠は首を横に振る。

「謝るな。心配してくれたんだろ?ありがたいよ」

そう言って慰めてくれたものの、なんとなく気まずい雰囲気が二人を包む。

先ほどまで軽口を叩いていたのに、一気に翠との間に距離が出来てしまったようだった。

どうにか空気を変えようと、カヤは焦ったように口を開いた。

「そ、そういえばさ」

少し声が上ずったが、それを掻き消すように続ける。

「翠は占おうと思えば、なんでも占えるの?」

若干早口になりながらそう質問すると、翠は小さく口元を上げた。

「残念ながらそんな万能では無いよ。どちらかと言うと、なんでもかんでも一方的に告げられる感覚かな」

「へー……」

「望んだものの答えが返ってくる場合もあるし、全く関係の無い答えが返ってくる場合もある。結構気まぐれなんだよ」

占いって、そういうものなのか。
奥が深いし、やっぱりよく分からない。

「ふうん」

中途半端に頷くカヤに、翠は続ける。

「だから、たまに予想外の警告みたいな事を言ってくる時もあってさ。驚かされる事もあるんだけど……」


――――パキッ。
唐突に響いた軽い音に、翠は言葉を止めた。


カヤ達は一斉に音をした方を見た。

祭壇の上で、占いに使用した骨が二つに分裂してカラカラ……と揺れていた。

どうやら全体に渡っていたヒビに耐え切れず、真っ二つに割れてしまったようだ。

「び、吃驚したあ……って、翠?」

安堵の息を吐いたカヤは、翠が静かに立ち上がった事に気が付いた。

翠は何も言わずに祭壇に向かい、そっと骨を手に取った。
伏せられた長い睫毛は瞬きすらせず、じっとその骨を凝視している。


「……翠?」

ただならぬその様子に思わず名を呼ぶと、翠の唇がぽつりと言葉を落とした。

「春霞にかい潜む神鳴り、しじまを破りけり……」

それは紛れも無く新たに降りてきた『お告げ』だった。



「ど、どういう事?」

息を呑みながら問う。

翠はゆっくりとカヤを見やった。
その表情は、酷く険しい。


「春の祭事に、招かざる者が紛れ込む」


ビュウッ、と部屋に舞い込んだ強風が翠の黒髪を散らす。

春の嵐が刻一刻と近づいてきていた。
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