【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「この国に、大きな川が流れてるのは知ってるか?」
その川のおかげで、この国はこれ程にまで農業が発展した国となったのだ。
外交に疎いカヤでも、それは知っていた。
カヤが頷くと、翠は言葉を続けた。
「以前からその川の防波堤建設か、北での水路建設か、どっちを優先するか高官たちと議論してたんだよ。で、占いの結果を聞いて、俺もタケルも防波堤を焦って建設する必要は無しって判断したんだ」
その説明を聞き、ようやく少し納得した。
以前から持ち上がっていた話があったからこそ、何も言わなくてもタケルは察したという事か。
理解できなかった自分だけが可笑しいのではないと分かり、なんとなく胸を撫で下ろす。
「翠もタケル様も、良くあの言葉の意味が分かるね」
「そりゃあな。俺は神官だし、タケルも一応、神官の血を引いた俺の弟だしな。それに、何百回もしてきたんだ……カヤもいずれ分かるようになるよ」
翠は笑いながら言った。
「……そうだと良いけど」
そう答えつつ、まあ理解出来る日は恐らく来ないだろうな、と思った事は黙っておいた。
その後、カヤは締め切っていた部屋の窓を開けて回った。
「それにしても吃驚したよ。蝋の炎が、こう、ぶわーって伸びて」
少しづつ明るさを取り戻していく部屋の中、カヤは珍しく少し興奮気味に言った。
占いの最中、何もしていないのに異様に背が伸びた祭壇の炎は、今は大人しくちろちろと揺れている。
正直、占いと言っても何やら怪しい呪文をぶつぶつ唱えて、しょうもない事を告げるだけだと思っていたため、カヤは内心たまげていた。
「あれがお告げが降りてくる合図なんだよ」
翠は、カヤに言われたため大人しく座りながらそう答えた。
「へー……皆が言う通り、なんか凄いんだね。私の国の占いとは大違いだ」
ぽつりと呟きながら、最後の窓を開け放つ。
目の前に現れた眩しい太陽に眼を細めると、背中側から翠の笑い交じりの声がした。
「そりゃ良かった。これで少しは『胡散臭さ』は減ったか?」
その言葉にバッと振り返ると、翠はからかうような笑みを湛えてカヤを見つめていた。
一瞬でカヤの顔が赤くなった。
「っ悪かったよ、胡散臭いなんて言って……!撤回します!ごめんなさい!」
どうしようもない恥ずかしさから怒りながら謝ると、翠はお腹を抱えて笑い始めた。
「お、お前、顔真っ赤……素直なのか素直じゃないのか、どっちかにしろよ!」
(……こんにゃろう)
未だ爆笑している翠を恨みを込めて、じとっーと睨む。
「それだけ軽口叩けるなら、もうすっかり大丈夫そうですね。公務に戻られますか?」
崩れそうな程に積まれている書物を指さしながら敢えて敬語で言うと、翠は慌てて笑うのを止めた。
「あ、いや、ちょっとまだ眩暈が……」
わざとらしくこめかみを押さえる翠に、思わず吹き出しそうになる。
カヤの小さな怒りは、まんまと息を潜めてしまった。
「全く……冗談は良いから、ほら。顔色見せて」
カヤは翠の目の前に膝を付き、両手でそっとその頬を包んだ。
なるべく優しく上を向かせながら、つ、と親指で皮膚をなぞる。
先ほどまで冷や汗を掻いていた肌は今はさらりとしており、順調に赤みも差してきているようだ。
「もう大丈夫そうだね。良かった」
そう頷くと、ふと視線を感じた気がして目線を上げる。
ぱちり。
至近距離で、眼が合った。
いつもは絡めとられるばかりの、その黒い瞳。
それが、動揺したように揺れていた。
「えっ」
驚いたカヤは思わず翠の首筋から手を放した。
カヤの行動に、翠もハッとしたように瞬きをする。