【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「いやー、翠様!素晴らしかったです!特にあの赤い花をあのようにお使いになるとは……民の反応も上々でございましたよ!」
パンッ!と手を叩いたタケルの顔は非常にご機嫌だ。
占いが終わった後、カヤ達は翠の私室に戻ってきていた。
優雅に肩から衣を羽織る翠は、床に腰を下ろしながら薄く微笑む。
「カヤとユタのおかげだよ。ありがとう」
とんでもない、とカヤは慌てて首を横に振った。
ナツナからお祈りの意味を聞いていたならば、間違いなくあの赤い花を混ぜようとはしなかっただろう。
それを丸く収めてくれたのは、完全に翠のおかげである。
「さて、では私は祭事の見回りなどがありますので、失礼致します」
そう言ってタケルは翠に頭を下げつつ速足で部屋を出て行った。
あの様子では、恐らく祭事を楽しむ余裕など無いだろう。
大変だ。
カヤが気の毒に思っていると、翠が口を開いた。
「カヤ。祭事、回ってくるんだろ?行って来いよ」
いつの間にか足を崩して胡坐を掻いていた翠がそう言う。
カヤは胸を弾ませながら、勢いよく頷いた。
「うん、ありがとう」
「……後、これ。ちょっと早いけど、特別に。タケルには黙っとけよ」
翠がカヤに渡したのは金貨が入ってるらしき小さな袋だった。
「い、良いの?まだ全然仕え始めて日も浅いのに?」
「おう。そのぶん馬車馬のように働いてもらうのでお気になさらず」
「……ガンバリマス」
口元を引き攣らせつつ、カヤはその場から立ち上がった。
「本当にありがとう。それじゃあ、いってきます!」
重ねてお礼を口にする。
翠のお世話役になってから、随分と自然に感謝の言葉が出てくるようになった。
「ん、楽しんで来いよ」
見送ってくれる翠に背を向けて、入口に掛かる布に手を掛ける。
しかしふと少し気になったカヤは翠を振り返った。
「翠は行かないの?」
「俺?……いやー、行かないってか行けないな。俺が行くと色んな人間が気を遣うし」
苦笑いをする翠の言葉に『そんな事ないよ』とは言えなかった。
確かにきっと翠が通るたびに色んな人がひれ伏すだろうし、タケルや他の高官達も翠の護衛に付きっ切りになるだろう。
けれど、こんなとても晴れた日に、こんな締め切った部屋の中に居るなんて。
「でも……」
言葉に詰まったカヤが立ち尽くしていると、翠が少し笑いながら立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
「毎度の事だから、そう気にするな」
優しい手つきでカヤの頭に掛かる布に触れる。
ふわりと甘い匂いがした。
(あ、良い匂い)
「人が多いんだから、しっかり頭隠してけよ」
花弁を空へ送ったその白い指が、布を目深に被らせる。
まるでかか様みたいな事をしてくれる翠と、眼を合わせる事が出来なかった。
きっと余計なお世話であろう申し訳なさを胸に抱えながらも、小さく頷く。
「……うん」
「良し。ちゃんと夜まで楽しんでこい」
ぽん、と背中を押され、おずおずと入口を跨いだ。
翠にひらひらと手を振られ、カヤもそれに小さく答えて部屋を離れる。