【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

春の嵐は便りを寄越す

――――ガンッ!
固い木と木が、ぶつかる音が響いた。

4本の足が地を踏み、あたりにはもうもうと土埃が舞っている。
それに覆われるようにして、細身の影と大きな影が激しく動き回っていた。


「手加減をするな、タケル!」

「しておりませんよっ……翠様がすばしっこいだけです!」

叫び合いながら少し距離を取った2人の額には汗が滲み、息が乱れている。

互いに木の棒を構え、じり……と対峙するその眼は、瞬き一つしていない。


やがて、その右足を勢いよく踏み出したのはタケルだった。

「はあっ!」

叫ぶとともに勢いよく振り下ろされたその棒を、間一髪で翠が受け止める。

棒を交差させながら、タケルも翠も相手を押し負かそうと踏ん張っていた。
2人の腕が苦しそうに震えているのが見える。

「……相、変わらずの、馬鹿力だなっ……」

「お褒め頂きっ、光栄……です……!」

言いながら、タケルが更に全身を使って翠の棒を押し戻す。
翠の右足がズッ、と地面を滑り、そのまま押し負けてしまうように思えた。

しかし次の瞬間、翠が一瞬で身を捩って身体を引いた。

「ぬっ……!?」

翠側に全体重を込めていたタケルの体が、勢い余って前につんのめる。

即座にたった一歩で前を向き直った翠の棒が、ビュッと風を切った。

あ、と思う間もなく――――タケルの首元にその棒がピタリと当てられた。

翠の勝ちだ。
素人の眼から見ても、明らかに勝負は付いた。


「……参りました……」

観念したようにタケルが言うと同時、翠がスッと棒を引いた。

「今日は私の勝ちだな」

微笑みながら額の汗を拭う翠に、タケルが恭しく頭を下げた。

「お見事でございます。いやはや……なかなか翠様に勝てなくなってきましたな」

「とは言え、まだ五分五分程だ。いつか完璧にお前に勝てるようにならなければ」

「勘弁して下さい。それでは私の威厳が皆無になってしまいます」

そんな会話をしながら戻ってくる2人を窓から見つめていたカヤは、そこから離れた。

2人が剣の稽古をしていたのは、翠個人用の小さな広場だ。
回りは高い塀に囲まれ、外からは誰一人として入る事も出来ない。

入口はただ一つ、翠の私室にある切戸口だけだ。

「それにしても、思ったよりも随分足が鈍ってしまっていた」

「ここ最近はずっと机に向かっていらっしゃいましたからな」

その切戸口から部屋に入ってきた2人は、少し疲れたように床に座った。

「お水、どうぞ」

それを見計らったように、カヤは水瓶から組んでおいたお水を2人に手渡す。

「ああ、ありがとう。カヤ」

「うむ」

水を受け取った2人は、一瞬で器を空にしていた。
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