御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「あの、なんで……」

「昨日、あんなことがあって、ひとりで帰るのは不安だろ」

「え……」

「だから、迎えに来た。本来ならこのまま一度俺の家に帰って、車で美咲の家に送り届ける予定だったけど──そのまま帰したら、本当に風邪を引きそうだな」


私が質問するより先に、近衛さんが答えをくれた。

……ああ、そうか。

彼は私を心配して、迎えに来てくれたのだ。私が昨日、あんな目にあったから……。

彼に言われたとおり、確かに今日もクロスケさんが待ち伏せしていたらどうしようという気持ちはあった。

でも、昨日の近衛さんの言葉を信じて、もう大丈夫だろうと自分自身に言い聞かせていたというのが実のところだ。


「ありがとう、ございます……。本当に、色々ご心配をおかけしてすみません……」


相変わらず鼓動は早鐘を打つように高鳴っていて、落ち着かない。

私のことをからかっているのかと思えば優しくしたり、昨日から彼には振り回されてばかりな気がする。


「まぁ、昨日の感じだと大丈夫だろうとは思うけど、念の為、な。美咲は、俺の大事なフィアンセだから」


続けられた言葉に、また鼓動が小さく跳ねる。

大事なフィアンセ……とはいえそれは、あくまで偽者のフィアンセにすぎない。

……あれ?

考えたら、チクリと胸の奥が痛んだ。

近衛さんと私は、昨日はじめて話しただけの間柄なのに、胸を痛めるなんてどうかしている。

 
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