青いチェリーは熟れることを知らない①
(いい加減、成長が見られないからクビとか……!?
それとも社宅出て行ってくれとかっっ!! あ、あとあとっ……)

 咎められることに心当たりが多すぎて指折り数えてしまう。いずれも蒼くならざるを得ない重大な問題に"あわわっっ"と、慌てた彼女は自席の椅子で座ったり立ったりを繰り返している。

(それとも……辞表書けとか……っっ!?)

 もはや抜け出すことのできない負の思考を抱えきれずに走り出してしまいそうになっていると、瑞貴がようやく戻ってきた。

(キ、キターーーッ!!)

 しかし、彼の口から出た言葉はいずれにも該当しておらず……

「ごめんちえり、今日ちょっと遅くなるから先に帰ってて」

「えっ!?」

「なんて声上げてんだ、ほら」

 予想していなかった瑞貴のセリフに裏返った声が喉の奥から飛び出してしまった。
 慌てて口元を押さえると、デスクの陰からこっそりカードキーを渡される。

「支社でシステムトラブルが立て続けにあってさ」

「あ、朝の……」

「そ、修復作業は進んでるみたいだけど、応援に行かなきゃいけないような話も出てるんだ」

(なんだぁ、システムトラブルかぁ……)

 そんなことを口にしてしまったら間違いなくちえりはここから卒業しなくてはならないため、慎重に言葉を選ぶ。

「そ、そうなんですかっ……!? 応援、応援って……こんな時間にじゃないですよね……?」

「あぁ、もう今日はないと思う」

「よかった……、わかりました」

『美味しいご飯作って待ってますね!』

 声のトーンを抑えながらも表情で伝えようとするちえりがとても可愛い。
 幼い頃となんら変わりない純粋な笑顔の彼女。それを見つめる瑞貴の瞳の奥には複雑な感情が入り混じっている。

「ん、サンキューな……」

 ちえりの頭を撫でようとした瑞貴の手が持ち上がるが、ここがオフィスであることを思い出し慌てて引き下げた。

「……? どうかしました?」

(センパイの表情が暗いような……って、丸一日問題に当たってたら疲れてるよね……)

「なんでもないよ。気をつけて帰れよ?」

「はいっ! 瑞貴センパイも!」

「あぁ、なるべく早く帰るよ」

 笑みを交わした後、自席に戻った彼は小さくため息を吐く。
 ちえりの自分に対する警戒心のなさ、そして一定の関係からなかなか近づけないもどかしい距離感。先ほど、目の前での鳥居とのやりとりを見ていた瑞貴は苦しそうに胸の内を吐露する。

「……チェリーにとって俺はやっぱりただのセンパイか……」

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