隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
部屋の空気が止まった。
マリウスは皆が仰天するようなことばかりを言う。シエルもリウも、カップを持っていた手を止めた。

「……どういうことだ」

「ドラザーヌとソラゾに国交はありません。攻められる理由が分かりませんが」

シエルとリウの言葉に、マリウスが頷く。

「ソラゾは国内が大変不安定なのはご存じだと思います。長年、国王派と反国王派の内戦が続いていました。そして先の戦いで現ソラゾ国王が反国王派リーダーに襲撃され重傷を負ったとのこと」

「あそこの反国王派は過激派だと有名だからな。とはいえ、ついに国王に手をかけてしまったか。なぜそのような」

「ソラゾでは数年前から致死率の高い疫病が流行っており混乱状態なのです」

シエルが「そうだったな」と言う。たしか新聞にも載っていた。

「感染は拡大し死者多数。なんらかの対策を講じなければならぬがしかし、現ソラゾ国王はただふんぞり返っているだけでなにも対策を考えなかった」

「疫病……」

ノエリアはぽつりと呟く。

「現国王は自分だけが助かればいいという考えで反感を買い襲撃された。じきに反国王派が占領し新たな王が誕生するのでしょう」

いったんそこでマリウスは言葉を切った。

「しかし、問題は疫病です。国土の半分が火山のソラゾは作物の育たない地帯が広い。海も運河もなく、国が貧しく情勢も不安定とくれば他国の援助もなかなか……」

「それとドラザーヌを襲うこととどう関係が?」

「この国では、幻の万能薬である薬草が見つかりましたね」

なるほど、とノエリアは額を抑えた。
幻の万能薬といわれたミラコフィオ。古い書物にあり栽培も難しく現物はほとんど見られないものだった。花は幾重にも重なっており、細い葉にやわらかい茎。根っこまですべて使える紫の花を持つ万能薬の薬草ミラコフィオ。ノエリアも見たことがなかった。
しかし、シエルとノエリアが森で襲われ落ちた沢で偶然、ミラコフィオの群生地を見つけたのだ。

「現在、ミラコフィオの管理と栽培を任されているのが、ヒルヴェラ伯爵ヴィリヨ。彼女の兄だ」

(ということはヒルヴェラ領も標的になるということじゃないの)

寒気がした。しかし、震えていたからって守れるものではない。

「襲って奪うなど短絡だな。なりふり構っていられないほど切迫しているのか」

「反国王派リーダーが荒くれ者ですからね。欲しいとなれば少々強引でも奪うでしょう」

シエルは唸った。
自衛のため年一度の大規模国境警備がある以外、内戦はもとより長い間他国から攻め込まれることもなかったドラザーヌ。

「シエル様、我が国の騎士団もじゅうぶん機能しており、もちろん日々の鍛錬も怠ってはいません」

リウが言うが、それはシエルも理解していることだった。
過日、カーラの父スタイノと結託しシエルの命を狙っていたのが騎士団長だった。あとを引継ぎ暫定的に団長となっているのがリウなのである。

「シエル陛下の了承が得られれば、先発隊はこのまま付近に滞在せよとのガルデ国王のご命令。そして要請があれば追って援軍を派遣すると」

そう言ったマリウスはリウを真っ直ぐ見て「お任せを」と言った。

「手数は多い方が有利、俺が欲しいのは圧勝です」

笑ったマリウスは、鋭い目をしている。

「シエル様、いかがしましょう。ドラザーヌの兵と合わされば、向かうところ敵なしですよ」

リウが笑った。シエルは頷き左右色の違う緑の瞳を光らせた。

「すぐにガルデ国王に返事をしてくれ。情報提供と援護を感謝すると。そしてガルデ騎士団に宿舎の用意を」

リウが頷く。心躍る嬉しい決断と準備ではない。戦の準備なのだ。ノエリアの胸には不安が押し寄せる。
シエルがマリウスに言葉をかけた。

「然るべき礼をしなければならんな」

「有り難きお言葉。勝利のそのときまで考えておきます」

マリウスは胸に手を当て、視線を落とした。
                      
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