魔法の鍵と隻眼の姫
旅に出発する前に、ミレイアに会っていけと半ば強制的にトニアスに引っ張られミレイアの部屋の前に立ったラミンは動揺を隠しきれないでいた。
1年前、この部屋にミレイアを寝かせてから一度もこの部屋に訪れたことはない。
目を覚まさないミレイアを見て自分がどうかしてしまうのではないかと怖かった。

「ほら、ラミン!突っ立ってないで入って!」

「あら、ラミン、トニアス」

戸口が騒がしくてドアを開けたサリア王妃。
ミレイアのお世話は自分がすると毎日ミレイアの身の回りを綺麗にしていた。

「旅の出発の挨拶に来たのね?さあ、入って」

優しく微笑む王妃に促され渋々部屋に入ったラミン。
続いて入ったトニアスと目が合った王妃は切なげに微笑んだ。
トニアスがラミンと共に旅をすると聞いたときには驚き心配で一度は止めたが、トニアスの固い決心に今は愛しい息子がこの旅で何かを得て無事帰ってくることを信じようと思う。

部屋の中央で足が止まったラミンの背中をトニアスが押す。
固く手を握ったラミンは一歩、二歩、とミレイアのベッドに近づいて行く。
王妃はその姿を見ながら反対側へと回り先ほどまで座っていた椅子に座りミレイアの手を取った。

怖い…と思いながらもミレイアの姿が目に移るとひとりでに足を速めたラミンはベッドの傍らで立ち尽くした。

変わらずに艶やかな黒髪、白い肌、少しほっそりした輪郭、さくらんぼのような唇、長いまつげ、眼帯を外したその姿はさながら眠り姫のようで今にも目を開き起きてきそうで固唾を飲んだラミンは一瞬の眩暈を覚えた。

「ミレイア、ラミンが来てくれましたよ、あなたと共に旅をして守ってくれた。覚えているでしょう?また旅に出るのですって。今度はトニアスと一緒よ。あなたと回った各地を見てくるそうよ」

手を摩りながら王妃は優しく語りかける。
それでもピクリとも動かない瞼にちょっとだけ落胆する。

「ミレイア、少しの間会いに来れ無くなるけど、たくさん土産話を持って帰ってくるから。寂しい思いをさせてごめんね」

ラミンの横で乗り出すようにミレイアに話しかけるトニアスは愛おしそうな切なそうな複雑な顔をしている。

「ラミン、手を温めてあげて?この子いつも手が冷たいのよ」

両手でミレイアの手を温める王妃は呆然とするラミンにお願いする。
ぼーっと王妃の顔を眺めていたラミンはトニアスに促され恐る恐るミレイアの手に触れる。
一瞬びくっと手が痙攣し戸惑いながらも持ち上げるとひんやりした感触が伝わる。
こんなに冷たかっただろうか…?
何度もミレイアと手を繋いだがこんなに冷たかったことはない。

ラミンの手、あったかい…。

ふと、ミレイアの声が聞こえた気がした。
ラミンは無言でその場に膝を着くと両手でミレイアの手を包み温めた。
ミレイアの顔を見つめ自分の熱がミレイアを温めるようにと心から祈った。

真剣な眼差しは愛しさが込められ揺れているように見える。
そんなラミンをトニアスは少しの嫉妬と運命の相手がラミンならいいのにとなぜか思った。
複雑な表情のトニアスに気付きながらも王妃は温かく見守る。

結局ラミンは一言もミレイアに話しかけることはなかった。
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