偽物の恋をきみにあげる【完】
──25年間生きてきて、こんなに幸せだと思ったことは、きっとなかったと思う。

そのあと手を繋いで歩いた海藻だらけの浜辺も、ねずみ色の寒そうな海も、寂れた街の景色も、何もかもが愛おしく見えた。

昨日も十分素晴らしかった旅館の夕食やお風呂が、昨日よりさらに贅沢に感じた。

カラダを重ねたら、幸せ過ぎて本当に溶けてなくなってしまいそうだった。

帰りの飛行機から見えた空も、高速バスからの景色も、2日ぶりの見慣れた街並みも、何もかもキラキラ輝いている気がした。

幸せで、幸せで、浮かれて、舞い上がってて。


……だから私は、すっかり忘れてしまったのだ。

私達が、偽物の恋をしていたことも。

終わりの足音が、確かに聞こえていたことも。



「瑠奈、これあげる」

別れ際、大雅が私に、いつも使っているジッポライターを差し出した。

「私、煙草吸わないよ?」

私が首を傾げると、大雅は「知ってるよ」と笑った。

「俺禁煙すんの。だから、あげる」

大雅は私の手に、ジッポを握らせた。

「禁煙? 急になんで?」

「ま、なんとなく。んじゃね。それ失くすなよ」

大雅はそう言うとスタスタと歩き出して、でもすぐに引き返してきた 。

「ん、どうしたの?」

尋ねた私を、駅前だというのに人目も憚らず、ぎゅっと抱きしめる。

「ちょ、大雅?」

「すっげー愛してっから」

大雅は私に軽くキスをして、それから、にっこり笑って私の頭を撫でた。


「じゃあね、ばいばい、瑠奈」
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