偽物の恋をきみにあげる【完】
なんとか仕事に復帰して、またいつもの日常が戻って来た。

見慣れた風景、見慣れた顔ぶれ。

うちの職場はやっぱり半分眼鏡で、喜多野課長は今日もイケメンで、町田ねえさんはまた旦那様と喧嘩して怒っていらっしゃる。

お昼はみんなで社食を食べながら、噂話に花を咲かせる。

あ、平野主任が上海支店に飛ばされるらしい。

お疲れ様でした。

特に変わり映えもない、私の世界。

大雅からは一度だけメールが来た。

『子供の名前は男なら虎太朗、女なら月!』

1人で決めちゃって、勝手なパパだ。


週末、両親に妊娠の件を報告した。

「大雅くんって、あの大雅くん?」

母は大雅のことを覚えていて、随分懐かしそうにしていた。

でも、大雅の病気や現状を説明して、何があっても子供を産むつもりだと言うと、当然かなりの難色を見せた。

「大雅くんにもしものことがあったら、未婚の母ってことよ? アンタそれでも本当にいい?」

「うん、もう決めたから」

「……まあ、アンタの人生だもんね」

母は最終的にそう言ってくれたが、父は渋い顔をしたままだった。

子供の父親が明日をも知れない状態じゃ、当たり前だ。

今日の所は仕方ないと諦めて帰ろうとしたら、

「まあ頑張んなさい」

ボソリと言ってくれた。

「ありがとうございます」

私は生まれて初めて、両親に深々と頭を下げた。
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