フェイク×ラバー

「狼谷、さん?」

 声のする方を見れば、そこには青い車から降りる狼谷 はじめの姿があった。

「早かったね」

「ええ、まあ」

 待たせるわけにはいかないでしょう。
 本音を飲み込み、美雪ははじめの車を見る。車について詳しくないが、とてもきれいな車だと思う。洗車したて?
 それに高そう。一体いくらぐらいする車なのだろう?

 と思いつつ、やはり気になるのは私服姿の狼谷 はじめ。プライベートだし、当然ながら、スーツじゃない。秋らしい色合いのカーディガンに、黒のスキニーパンツを着こなすはじめは、お世辞抜きにカッコいい。
 
 今からこの人と出かけるのか。
 ……気が重い。

「乗って。買出しに行こう」

「買出し?」

 促されるまま助手席に乗った美雪だが、呼び出された理由が買出しと知り、小首を傾げる。
 何故、買出しに行かないといけないの?

「君の服だよ。結婚式に着て行く服、持ってる?」

「ああ、それは……」

 今日、買いに行くつもりでした、と言いかけて、ぐっと飲み込む。

「も、持ってます! ご心配には及びません」

 ここで素直に持っていないと言うよりも、持っていると答えた方が良いと判断した。
 はじめの気遣いは嬉しいが、ドレスは自分で買う。
 いつかは必要になるものだし、できれば一人、ゆっくりと選びたい。はじめと一緒にいたら、緊張で疲れてしまいそう。

 だがはじめは、容易に美雪の嘘を見抜く。

「その反応、持ってないね」

「いえ、あの」

「いいよ、無理しなくても。それに、嘘でもほんとでも関係ないから」

「……と言うと?」

「最初っから、買うつもりでいたから。俺の彼女として出席してもらうんだ。完璧でいてもらわないと」

「…………そうですか」

 それを言われてしまったら、何も言えない。
 美雪は口を閉じ、座席に体重を預ける。
 やっぱりお高い車なのだろうか? 座り心地がとても良い。実家の車を思い出す。

「いい車、ですね」

「そうだね、そう思う」

「…………」

「…………」

 会話が終わってしまった。

 まあ、当然か。接点もなければ共通点もないのだから、会話が弾まなくても仕方ない。

 美雪は目的地に到着するまで、黙っていることに決めた。


 ***


 はじめの目的地は、ブティックだった。ブランド店が数多く建ち並ぶ通りに店舗を構えているので、それなりにお高いお店なのだろう。自分とは無縁過ぎて、一人なら絶対に入らないような店だ。

 そんな店に、はじめは堂々と足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」

 品の良い女性店員は、お手本のような笑顔を浮かべ、二人を出迎えてくれた。

「パーティードレスを見せていただけますか」

「かしこまりました。どのようなものをお探しでしょうか?」



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