次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
 周りに伊蕗みたいな男性がおらず、免疫がないせいでもある、と自己分析する。アイドルや俳優に夢中になってしまう、そんな気持ちだった。
 
 引き戸の玄関の前で、伊蕗は後ろから来る茉莉花を待っていた。智也はバタバタと足音をたてて家の中へ入っていく。
 
 すでに伊蕗自身にかかっていた雪は落とされ、彼の横に立ち止まった茉莉花はハンカチを差し出された。

「あ、ありがとうございます」

 いつもは手で雪を払っている茉莉花だ。ハンカチを拒絶するのは大人げない気がして受け取り、髪や肩にかかった粉雪を払う。

 貸してもらったハンカチは、男らしい爽やかさと甘さのある香りがした。雪を払うたびに茉莉花の鼻孔をくすぐる。

(これが都会の人の香りなのね)

 もっと嗅いでいたい気持ちになったが、ハンカチを伊蕗に渡した。

「ありがとうございました。どうぞ中へ入ってください」

 三和土(たたき)のほうへ伊蕗を促す。

 茉莉花の家は、築百年以上経っている古民家だ。大事に修復して住んでいる。

 右手の十二畳の部屋は囲炉裏があり、お客さまをもてなす場所として使われている。今もそこでみんなが暖を取っているだろう。

 靴を脱いだところで、母の佐江子(さえこ)がエプロンで手を拭きながら現れた。

「まあ、伊蕗さん。寒いのに智也が連れ出したりして申し訳ありません」

 母親のいつもと違うよそ行きの口調に、この人は馴(な)れ馴れしくできない相手なのだと茉莉花は認識する。智也はとても馴れ馴れしかったが。

「いいえ。わたしが見たいと言ったので。貴重な窯場を見せていただき、ありがとうございました」
「とんでもございませんわ」

 佐江子はこれ以上ないほどの笑みを浮かべた。

「茉莉花、帰っていたのね。着替えてきなさい。手伝ってほしいの」

 手伝いとは、夕食のことだろう。十七時を回っており、右手奥にある台所から食欲をそそるにおいがしている。

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