狼を甘くするためのレシピ〜*
 月子の恋人はいるにはいるが、彼は画面の中に存在する。
 胸を焦がす相手は二次元の彼だ。

 二次元の中に住む恋人は面倒なことは言わない。言ってほしい言葉を囁いて疲れた心を癒し、生きる活力を与えてくれる。
 今後VRが更に発達し、全身で感じ取れるゲームに進化すれば、リアルな恋人など無用な存在になるだろう。それもそう遠くない未来の話だ。

 そんなことを考える彼女は、椿月子二十七歳。
 彼女は三次元の男に恋をしない。

「お疲れ様です」

 その声に振り返ると、後輩の森明人(もり あきと)がいた。

「あら、今出勤?」

「ええ」

「珍しいわね」

 自由な社風である株式会社Vdreamは完全フレックスタイムを導入している。
 社員は朝型の者もいれば夜型の者もいる。人によって様々だが、森は完全な朝型人間だった。夏の暑い日などは四時や五時に出勤したりする。

 今は十時。
 森にしては珍しく遅い出勤だった。
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