恋は小説よりも奇なり

雪乃と残された遺族の為に流される涙は十年間ずっと見てきた。

そのたびに、自分には涙を流す資格すら与えられないのだと心に刻んだ。


それが科せられた罰だと……


奏は自分のために流された涙をはじめて見た。

彼女の涙が心に沁みていくようだった。

彼は一歩前へ踏み出して満の肩へ自らの額を置いた。

がんじがらめで心の奥底に沈めた感情が少しずつ解かれていくような感覚。

「……すまない。少しだけ……」



少しだけこのままで――…



奏の切ない低音が響いた。

満の中で不確かだった気持ちが確かなものへと変わっていく。

武長 奏が好き。

文章だけではない。

不器用で傷つきやすくて優しいこの人自身が大好き。

愛おしくて胸が痛い。

満の肩に温かい水滴が零れて服に沁みこんでいく。

こんなに繊細な人をおいて逝かなければならなかった雪乃の気持ち。

愛情と罪悪感の間で身動きがとれなくなった奏。

全てを包み込むように奏の頭に手を回す。

そして満は空を仰いだ。


神様、どうかもう意地悪をしないで下さい。

私との出会いを最後の嫌がらせにして下さい……


満の切なる願いは桜の花吹雪とともに空へ舞い上がった。
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