大嫌いの裏側で恋をする


「ひぃ! え、誰!?」
「誰って、そいつの、男」
「男……」

言えば、ポカンと俺を見上げる童顔。あいつと同い年だって聞いた気もするけど、学生だと言われても納得するかもしれない。清潔感あふれる短く切り揃えられた髪に、全体的に懐っこい印象を受ける顔。目なんか例えれば柴犬だ。

(つーか、聞いてんのかよ、こいつ)

引き続きポカンとしたままの戦力削がれる男に、俺は自分を指差してもう一度言った。

「わかるか? 彼氏。石川美波の」
「彼氏……って、え!? 美波もう新しい人が!?」

男は酷くショックを受けた様子で石川に避難の目を向ける。

「……もうって、そんな、悠介は別れる時にはいたじゃん」

どんよりした空気を漂わせる二人を前に、俺何でここにいるんだ。と、頭を抱えたくなった。
好きな女が、昔の男と一緒にいるのを見ていて楽しい奴とかいるのか?
……いねぇだろ。いたらどう楽しいのか教えてくれよ、俺は全く楽しくないから。

と、いっても。二人きりにしたかったのかと問われれば、もちろんそれも違うわけだけど。

「きょ、今日は、帰るよ。ごめん急に、彼氏と一緒とか考えてなくて……ごめん」
「ええ!? ちょ、今日はって何、悠介……困るよ」

下を向いたまま逃げ出した男を、石川は引き止めようとするけれど、その声には応えず近くに停めてあった自転車に乗り、全力で去っていこうとしている。

(ああ? チャリかよ、童顔! めんどくせぇな……!)

信号がいくつもある通りに向かって走る、その自転車と後ろ姿を睨んだ。

(だったらまぁ、追いつけるだろ)

走り出してすぐに、信号に捕まったのを確認した俺は車のキーをポケットに仕舞った。

「すみません、高瀬さんいきなり……って、はぁ!? 何で!! ちょっと!?」

背後で石川が叫んでる声が聞こえるけど「帰ってろ」と振り返り、短く言った後。
何年振りかわかんねぇけど、結構本気で走り出す羽目になった。

こんな住宅街の歩道で、悠々と走る車を横目に全力疾走とか。まさか28にもなってするとは思わなかったけど。
それでも。

(起こってる問題を後回しにすんのは嫌いなんだっつーの)

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