mimic
× − × − ×


待ってても、もうここには来ないのだと思う。帰宅途中に買った缶ビールをコンビニ袋から取り出すと、プルタブを開けて一口飲んだ。

縁側に置いてある籐の椅子に座る。窓の外から涼しい夜風が流れてくる。

携帯からメッセージを送っても、返事は無かった。珍しく仕事が早く終わりそうだから一緒に飲もうって、電話で言ってたのに。

お酒の卸しをしている唯ちゃんの会社は、正月、クリスマスに並んで夏場は忙しい。
お祭りとか、フェスとか、ビアガーデンとか。
いろんなとこに借り出されるし、それに、最近新たにホテルやレストランと契約を取りつけたとかで、すごく喜んでた。

婚約者が仕事で評価されるのは純粋に嬉しい。けど。
わたしはないがしろにされて、ちっとも結婚式の準備が進まない。

不満でいっぱい。


「あーあ、今年中には挙式したいんだけどなー……」


ひとりごちて、背もたれのてっぺんに後頭部をのせる。

職場の人たちのも結婚すること話しちゃったし、忙しい唯ちゃんを支えるために退職することもすでに決まってるのだ。

我ながら早計だったとも思うんだけど、いつか唯ちゃんと結婚するってことはずっと前から決まっていたし、いつか話すなら早い方いいし、なにより早く唯ちゃんと一緒になりたい。

ひとりぼっちはさみしい。

三年前に亡くなったおじいちゃんと住んでたこの、年季が入った古民家には大きな庭があって、さるすべりとか、椿とか、一向に実の成ならない葡萄の木が植えてある。
大きな手のひらみたいな葉っぱがゆらゆらと潮風に揺れた。

深淵に手招きされてるみたいで気持ち悪いな、と思ったとき。
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